第12話:王宮に潜む陰謀

「ルリィさん、宮廷薬師見習いとしての最初の任務です」


合格から三日後、アルフィリアが重要そうな顔で僕を呼び出した。


「どのような任務でしょうか?」


「王宮内で起きている奇妙な事件の調査です」


アルフィリアは声を落とした。


「ここ一ヶ月ほど、宮廷の人々が原因不明の体調不良を訴えています」


「体調不良?」


「発熱、めまい、記憶の混濁...症状は様々ですが、共通点があります」


「どのような共通点ですか?」


「全員が、宮廷内のある特定の場所を訪れた後に発症しているのです」


僕は興味深く思った。これは単純な病気ではなさそうだ。


「その場所というのは?」


「古い錬金術研究室です。現在は使われていないはずなのですが...」


アルフィリアの表情が曇った。


「もしかすると、何者かが密かに良からぬ実験を行っているかもしれません」



――― 王宮の地下深くにあるその研究室は、薄暗く湿気が漂っていた。


「ここが問題の場所ですね」


僕は室内を見回した。古い実験器具が並び、壁には薬草の標本が飾られている。一見すると普通の研究室だが...


「この匂い...」


空気中に微かな甘い香りが漂っている。どこかで嗅いだことがある匂いだった。


「ルリィさん、何か気づきましたか?」


「はい、この匂いに覚えがあります」


僕は部屋の奥へと進んだ。匂いはだんだん強くなってくる。


「こちらです」


奥の棚の影に、小さな実験台が隠されていた。そこには見覚えのある薬瓶がいくつも並んでいる。


「これは...」


ピンク色の液体が入った薬瓶。それはイグナスが僕に飲ませた『変容の秘薬』と同じものだった。


「変容の秘薬?」


アルフィリアが驚いた。


「なぜこんな場所に...」


その時、薬瓶の隣に古い羊皮紙を見つけた。そこには実験記録のようなものが記されている。


「『実験体No.15:失敗。魂の性別が固定されすぎている』」


「『実験体No.23:部分的成功。しかし副作用が強すぎる』」


「『実験体No.47:完全成功。ライリィ・ハーベストより採取したサンプルを基に改良版作成』」


僕の血の気が引いた。僕の名前が記録されている。


「ライリィ・ハーベスト?どこかで聞いた名前ですね」


アルフィリアが首をかしげた。


「あなたの従兄でしたっけ?」


僕は答えることができなかった。ここで実験を行っているのは誰なのか。そして、なぜ僕のデータが使われているのか。



――― 調査を続けると、さらに恐ろしい事実が明らかになった。


「『計画第二段階:宮廷内部への浸透』」


「『目標:王族および重要貴族の精神操作』」


「『使用薬物:マインドコントロール・ポーション(変容の秘薬応用版)』」


記録を読み進めるうちに、巨大な陰謀の全貌が見えてきた。


「これは...王国転覆計画ですね」


アルフィリアの顔が青ざめた。


「変容の秘薬の技術を応用して、人の精神を操作する薬を作り出している」


「しかも、実際に宮廷の人々に使っているということですか?」


「その可能性が高いです」


僕は震え上がった。もし本当なら、これは国家に関わる大事件だ。


「すぐに王に報告しなければ」


アルフィリアが立ち上がろうとした時、研究室の入り口から足音が聞こえてきた。


「誰かが来ます」


僕たちは慌てて隠れた。



――― 研究室に入ってきたのは、宮廷薬師の正装を着た男性だった。深緑のローブに金の刺繍が施された、明らかに高位の薬師の装いだ。


だが、その歩き方、肩の角度、手の動き...全てに見覚えがあった。


「まさか...」


男性は実験台に向かい、薬瓶を整理し始めた。その手つきや所作は、村の遺跡で見たあの錬金術師に類似していた。


「どうやら予定より早く進んでいるようだな」


男性が独り言のように呟いた。その声で、僕の確信は決定的になった。


「イグナス...」


僕は息を殺してその名前を口にした。アルフィリアが驚いたような表情で僕を見つめる。


男性は振り返った。顔立ちは整っているが、目の奥に冷たい光を宿している。40代半ばといったところか。黒い仮面はつけていないが、間違いなくあの時の男だった。


「ふふふ、我ながら完璧な変装だ」


彼は鏡を見ながら自分の顔を撫でた。


「『ヘルムート・シャドウハーブ』として三ヶ月...誰一人として疑わない」


その時、研究室の奥から足音が聞こえた。


「イグナス様、お疲れ様です」


影から現れたのは、若い男性薬師だった。彼も宮廷薬師の服装をしているが、明らかに格下の立場のようだ。


「ああ、お前か。実験の進捗はどうだ?」


「順調です。宮廷内の20名に投薬完了。全員が軽度の精神操作状態に入っています」


その男性が報告した。


「素晴らしい。では次の段階に進もう」


イグナスが、特別な薬瓶を手に取った。その液体は虹色に輝いている。


「これが完成版『マインドスレーブ・ポーション』だ」


「ついに完成したのですね、イグナス様」


「ああ。我が最高傑作、ルリィから得た実験記録が遂に実を結んだ」


僕の血の気が引いた。僕の実験記録が、こんな恐ろしい薬の開発に使われていたなんて。


「しかし、なぜルリィの実験記録がそれほど重要なのでしょうか?」


男が疑問を口にした。


「良い質問だ」


イグナスは薬瓶を光にかざしながら説明し始めた。


「通常、変容の秘薬は魂と肉体の性別を一致させるために使用される。だが、ルリィの場合は特殊だった」


「特殊?」


「奴の魂は、実は最初から両性の要素を持っていたのだ。だからこそ、薬が完璧に作用した」


僕は震え上がった。自分でも気づかなかった真実を、この男に見抜かれていたとは。


「両性の魂を持つ者は、精神の境界が曖昧だ。だからこそ、外部からの操作に対しても、逆に強い抵抗力を持つこともある」


「それで、その記録を応用して...」


「精神の境界を人為的に曖昧にし、完全に支配下に置く薬を作り出したのだ」


イグナスの狂気じみた笑い声が研究室に響いた。


「王女殿下への投薬準備はできているか?」


「はい。明日の茶会で実行予定です。王女殿下が愛用されている茶葉に混入させます」


「完璧だ。王女を操り人形にできれば、王の精神も簡単に操れる。親子の絆を利用するのだ」


僕とアルフィリアは恐怖で身を寄せ合った。王女だけでなく、王までもが標的だったのだ。


「そして最終段階では...」


イグナスは窓の外の王宮を見上げた。


「この王国全体を我が支配下に置く。いや、それだけではない」


「それだけでは?」


「他国にも既に工作員を送り込んでいる。アストラル王国、トゥーレ帝国、海洋連合...全ての大国に」


男の目が輝いた。


「まさか、世界征服を...」


「その通りだ。そして、その中心に君臨するのは...」


イグナスは再び薬瓶を見つめた。


「我が最高傑作であるルリィだ。奴を完全に支配下に置き、世界最強の薬草師として利用する」


僕の心臓が止まりそうになった。彼は僕を道具として使うつもりなのだ。


「しかし、ルリィには抵抗力があるのでは?」


「心配無用。奴の心の支えである村の連中を人質に取れば、簡単に従わせることができる」


「なるほど、さすがイグナス様です」


「そして、奴が完全に屈服した時...」


イグナスの目に、恐ろしい光が宿った。


「全世界の薬草師を統率し、あらゆる生命を我が意のままに操る『究極の支配者』の誕生だ。性別という枠組みを超越した完全なる統治体制の確立を」


僕は恐怖で体が震えた。この男の野望は、僕が想像していたよりもはるかに恐ろしいものだった。


イグナスは時計を見た。


「そろそろ宮廷での会議の時間だな。ヘルムート・シャドウハーブとして、完璧に演技しなければ」


彼は表情を一変させ、温和で知的な薬草師の顔つきになった。その変わりように、僕は背筋が凍った。


「明日の準備を怠るな」


「承知しました、イグナス様」


二人が去った後、僕とアルフィリアは暫く動けずにいた。あまりに巨大で恐ろしい陰謀を目の当たりにして、言葉を失っていた。


謎の錬金術師イグナスは、『ヘルムート・シャドウハーブ』という偽名で宮廷に潜入していたのだ。その巧妙な偽装により、誰も正体に気づいていない。



――― 「これ以上ここにいては危険そうです」


アルフィリアが小声で言った。


「すぐにここを出ましょう」


僕たちは足音を忍ばせて研究室から脱出した。廊下に出るまで、心臓がドキドキと鳴りっぱなしだった。


「大変なことになりました」


アルフィリアが青い顔で言った。


「あの元宮廷錬金術師イグナスがヘルムート・シャドウハーブとして宮廷に潜入していたなんて」


「イグナスという人物をご存知なんですか?」


「ええ、数年前に禁断の人体実験を行い、王国から追放された危険人物です」


アルフィリアは説明してくれた。


「性転換や精神操作の研究に異常な執着を見せていました」


「それで今度は王国転覆を企んでいるということですね」


「そうです。そして...」


アルフィリアは僕を見つめた。その瞳に、深い理解の光が宿っている。


「ルリィさん、いえ...ライリィさん」


僕の血の気が引いた。


「あなたの正体が分かりました」


「アルフィリア様...」


「イグナスが『ルリィから得た実験記録』と言っていましたね。そして『両性の魂を持つ者』とも」


アルフィリアは優しく、しかし確信を持って続けた。


「あなたは元々男性のライリィ・ハーベストとして生まれ、イグナスの変容の秘薬によって女性のルリィになった。違いますか?」


僕は何も答えることができなかった。ついに、全ての嘘がばれてしまった。


「怖がらなくて大丈夫です」


アルフィリアが僕の手を握った。


「私は最初から、あなたに特別な何かを感じていました。それが何なのか、今ようやく理解できました」


「私は...僕は、みんなを騙していました」


涙が頬を伝った。


「嘘をついて、本当のことを隠して...」


「あなたは騙していません」


アルフィリアは強く言った。


「ルリィとして生きているあなたも、本当のあなたです。性別が変わったからといって、あなたの優しさや知識、仲間を思う気持ちは何も変わっていません」


「でも...」


「それに、イグナスの話を聞いて確信しました。あなたには特別な力がある。それは性別を超越した、純粋な癒しの力です」


アルフィリアの言葉に、僕は勇気をもらった。


「あなたも彼に狙われています。でも同時に、世界を救う鍵でもあるのです」



――― 僕たちは急いで王の執務室に向かった。


「緊急事態です、陛下」


アルフィリアが王に事情を説明すると、王の表情が一変した。


「何だと?ヘルムート・シャドウハーブの正体がイグナスだと?」


王は立ち上がり、拳を机に叩きつけた。


「あの悪魔が、偽名を使って我が宮廷に潜入していたとは...!」


「そして明日の茶会で王女殿下を...」


「絶対に阻止せよ!」


王の声が執務室に響いた。


「すぐに茶会を中止し、王女の護衛を倍増させろ!」


側近が慌てて駆け出していく。



――― しばらくして、側近が戻ってきた時、悪い知らせを持ってきた。


「陛下、ヘルムート・シャドウハーブいや、イグナスは既に姿を消しております」


「やはりか...」


王は歯ぎしりした。


「イグナスめ、我々が正体を暴いたことを察知して逃亡したか」


「陛下、さらに緊急の報告があります」


別の側近が駆け込んできた。


「宮廷薬師の何名かが、原因不明の精神異常を起こしております。恐らく、イグナスによる精神操作薬の影響と思われます」


王の顔が青ざめた。


「被害の規模は?」


「現在調査中ですが、少なくとも20名以上が影響を受けている模様です」


「直ちに宮廷全体を封鎖せよ。そして、影響を受けた者たちの治療を最優先で行え」


王は矢継ぎ早に指示を出した。


「アルフィリア、君の力が必要だ。そして...」


王は僕を見つめた。


「ルリィ、君もだ。イグナスに対抗できるのは、君たちしかいない」



――― 「陛下、さらに悪い知らせがあります」


また別の側近が慌てて駆け込んできた。


「他の国でも似たような事件が報告されています」


「他の国でも?」


「はい。隣国のアストラル王国では、王族が原因不明の精神異常を起こしています」


「それに、トゥール帝国では軍の指揮官たちが次々と...」


僕は背筋が寒くなった。これは一つの王国だけの問題ではないのだ。


「世界規模の陰謀だというのか?」


王も事態の深刻さを理解したようだった。


「イグナスの野望は、我が王国だけに留まらない。全世界の支配を目論んでいるのです」


アルフィリアが厳しい表情で言った。


「ルリィ」


王が僕を見つめた。


「わしも長年こういう立場におると色々と勘ぐってしまうが、今は無用なこと言わん。だが、奴は必ず君を狙ってくる。十分注意せよ」


王の言葉に、僕は身震いした。イグナスとの戦いは、これから本格的に始まるのだ。




――― 王宮を出た後、アルフィリアと二人で対策を練った。


「イグナスの目的は明確です。世界中の王国を支配下に置くこと。そのために、変容の秘薬の技術を悪用している」


「でも、なぜ、変容の秘薬が精神操作に使えるんでしょうか?」


僕はアルフィリアに問いかけた。


「魂と肉体の境界を曖昧にすることで、精神への介入が容易になるのです」


アルフィリアの説明に、僕は恐ろしくなった。


「つまり、私は完璧な実験台だったということですか?」


「そうかもしれません。でも、あなたには奴にない力があります」


「力?」


「浄化の力です。あの力があれば、精神操作を無効化できるかもしれません」


アルフィリアの言葉に、僕は希望を感じた。


「私の力で、みんなを守れるでしょうか?」


「きっとできます。でも、そのためにはもっと力を強くする必要があります」


「どうすれば?」


「まず、あなた自身の過去と向き合うことです」


アルフィリアは真剣な表情で言った。


「ライリィとしての記憶、ルリィとしての体験、全てを受け入れることが力の源になります」



――― その夜、一人で部屋にいた僕は、これまでのことを振り返っていた。


変容の秘薬を飲まされたあの日から、僕の人生は大きく変わった。でも、その変化は本当に不幸なことだったのだろうか。


ルリィとして生きることで、初めて本当の自分を見つけることができた。仲間たちとの絆も深まった。そして今、世界を救う力を身につけようとしている。


「私は私」


鏡の中の自分に向かって言った。


「ライリィでもルリィでもなく、ただ人を愛し、守りたいと願う者」


明日からは、より大きな戦いが始まる。世界規模の陰謀に立ち向かわなければならない。


でも、僕は一人じゃない。アルフィリアがいる。村の仲間たちもいる。そして、まだ見ぬ多くの人たちが僕の力を必要としている。


「絶対に負けない」


僕は強く決意した。


新たな謎の発見は、さらに大きな冒険の始まりを意味していた。でも同時に、僕が本当に成長するための試練でもあった。


世界を救う薬草師として、僕の真の力が試される時が来たのだ。



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