💀16 徒然なる橋袂


 アルコは敷地内にいる私兵を片っ端から気絶させて、工場の中に押し入ると例の魔導石精製器マナ・リファイナーらしきものが稼働していた。


 高熱に包まれた炉があったので、冷やしてから壊そうと思い、バケツに水を入れて、ぶっかける瞬間、「百の動力マグニチャント」で水の量を百倍にしたら大爆発を引き起こした。私が工場の建物に侵入した時点で作業していた人間は皆、外に逃げ出したので大事には至らなかったが、私の身に着けている白磁色の鎧が多少、傷がついてしまったのは残念なところ。


 濛々と黒煙が立ち昇る工場跡地から視界が遮られているものの、なんとか抜け出す。


「あれ……こんなところに?」


 近くに気絶して転がっているのは、サマラン・ヴォーエル。今のうちに縛っておこうかな。


「アルコさん」


 建物の3階の窓からロダンがアシュレを横抱きして飛び降りてきた。その後ろをマルがついてきている。アシュレの顔が真っ赤になっているのは、3階から飛び降りるという恐怖を体験したからかもしれない。


「そうですか……たぶん、これですね」


 設計図をサマランが持ち去って逃げようとした途中で、爆発に巻き込まれたらしい。

 私が指さしたのは、サマランが大事そうに握っている革製の鞄。だが、工場の爆発で引火したのか、穴の開いた部分から中がすっかり燃えてしまって黒い炭だけになっているのがみえる。


「このオッサンはこれからどうなる?」

「おそらくですが、帝国の貴重な情報と復元不可能な機械を失ったことで重い罪に問われると思います」


 ロダンの質問に少し悲し気に答えるアシュレ。

 もうすぐここに屋敷の外から市街の衛兵たちが雪崩れ込んでくると思う。

 もし、アシュレとここで別れてしまっては、父同様、罪を被せられるかもしれない。


「どうです? 私たちの魔法の箱庭マジック・キューブに行きませんか?」


 事を起こす前から決めていたこと。おそらくロダンも同じ思いでいたことだろう。アシュレに通常では考えられないくらい、とても広い空間になっていることを説明するとすぐに食い付いてきた。


「少し待ってもらえると嬉しいんだけど……」


 頼みづらそうにしているアシュレ。よく理解できずに首をかしげるロダンとは違い、私には彼女が何を言いたいのかわかる。


「ぼふっぼふっ!」

「ロキ! こんなところにいたのね⁉」


 前庭にアシュレの愛犬が小屋に繋がれていた。

 黒毛で足が短く、顔がとんでもなくブサイクで、逆にかわいく見えてきた。


「あうん!」

「ぼふぼふっ」

「あっ、コラ⁉」


 マルとの相性も良さそうだ。

 犬と上位魔狼アーク・フェンリルだが、気持ちが通じ合っている。2匹とも尻尾を振りながら、アシュレのまわりをクルクルと回ってはしゃいでいる。


 まあ、箱庭の中には智獣たちもいるし、にぎやかになっていいと思う。


 アシュレも思い残すことはなさそうなので、ここから脱出を図る。

 前回はマルにお願いしたが、今回は領主の屋敷を抜けて、市壁を超えなければならないため、私が箱を持って逃げることにした。


 屋敷を抜け出すのは、問題なかったが、すでに市壁の門が封鎖されていて、街の外に出るまでかなり手こずってしまった。手加減して相手を制圧するのは慣れているが、逃げながらという特殊な環境と箱を落さないように気を遣わないといけないため、いつもより神経をだいぶ使ってしまった。
















 日夜走り続けて、丸3日。

 帝国とタイタル聖王国との国境の目印である川が見えてきた。

 川の幅は思ったより広く流れも速い。ジャンプして渡ったり、泳いで渡るのも難しそうなので、川沿いを下って渡れそうな場所を探していたら、橋を見つけた。


 普通に想像する橋とはずいぶんとその様相は違っており、重厚な石橋の両岸には砦が築かれており、帝国と聖王国が互いに睨み合うという景色が広がっている。


 しかし、私がいちばん驚いたのは、橋のほぼ中央に座している巨大な木……。


 石橋の通路のちょうど中央の床から突き出た巨樹は、赤い実を咲かせ、周囲に赤い霧が立ち込めている。


「あのーここを通りたいのですが?」


 ダメ元で聞いてみる。

 もし、この国境までシェアローン帝国でお尋ね者になった私の似顔絵が回ってきているなら、私を見て騒ぐはずだが、どうもその気配はない。


 砦の入り口で札遊びをしている4人組に話しかけると、嬉しそうに答えが返ってきた。


「おお? おお! 勇敢だねアンタ。いいよ、ちょっと待ってな」


 札遊びを中断し、砦の中に二人入って、橋へ通じる帝国側の門を開いてくれた。


「なあ、アンタ。腕に覚えはあるのかい?」

「おい! ズルは無しだ。──悪いな、なんでもない」


 なぜ私の力量を問う?

 そわそわしている男が、質問したがすぐに別の男が、男の質問をうやむやにした。


「よし、俺は木の真横まで」

「いや、ありゃ、見かけ倒しだ。せいぜい木から10M手前でお陀仏だろうよ」


 なるほど。

 私を使って、退屈しのぎに賭け事をしようとしているのか。

 他の二人も砦から降りてきて、それぞれ私が倒れる位置を予想している。


 別に構わない。

 誰も私が橋を渡りきることは予想していない。

 なので賭けは不成立となる。


「おい、頑張れー」

「少しは気張ってもらわないと、俺が損しちまう」


 呆れた……。

 対岸のタイタル聖王国側の砦からも心無い野次が飛んでくる。




 いいでしょう。わかりました。

 そんなに退屈なら、あなた方全員に緊張と戦慄を私が贈って差し上げましょう!






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