💀13 ボクっ娘な天才
この帝国領の街、サーモは領主ヴォーエル公という人物の噂で絶えなかった。
天才機巧士と呼ばれ、この50年、帝国のカラクリが飛躍的に進歩した立役者。
人間の技術の進化はめざましいものがある。
いつか魔王軍を脅かす存在になるかもしれない。
だが、今の私はその魔王軍を追放された身。
この街で何かしようなどとは思わない。
買い物だけ済まして早々に立ち去るつもりだった。
「アイツらです」
「おい、貴様ら! ちょっと待て」
「はい、私達がなにか?」
街自体は活気があって一見明るく見える。
だが、人々の視線に棘のようなものがあるのが先ほどから気になっていた。
私に向けて……というより、誰しもが誰も信用していない感じ。
その懐疑的な視線がたまたま私に向けられた。と解釈していいだろう。
衛兵の背中に隠れている目に隈のある痩せた男が私とロダンを指さした。
帝国領だけあって、ハイビスは箱庭の中に残ってもらっている。
そのため、荷物持ちをしてもらうおうとロダンと一緒に行動を共にしていた。
「貴様らを拘束する」
「……ここは逃げた方がいいぜ!」
「えっちょっと……うわっ危ないですよ?」
「逃がすな、追え! 殺しても構わん」
とんでもなく物騒なことを言っている。
ロダンが衛兵たちから背を向けたので、衛兵がいきなり剣を抜いて私に斬りかかってきた。その剣を避けてロダンの後を追った。
「ちょっと、ロダン。なんでいきなり逃げたんですか?」
「捕まったら、一生、太陽を拝めないけどいいのか?」
それは困る。
いきなり斬りかかってくるあたり、捕まったら何をされるかわかったものではない。
警笛が鳴り、あちこちで私達を取り囲もうと街の中を巡回していた衛兵たちに追いかけ回される。
路地裏を中心に逃げ回っていたが、袋小路になっていたのを機に屋根に飛び乗り、屋根伝いに逃走する。
街の中に森?
不自然なほど広い森が見えてきたので、その中に飛び込む。
森をそのまま突っ切って、反対側から出て、街の外に抜け出ようと思う。
「ロダン止まって!」
「マジかよ⁉ ──放っとけって!」
1秒前まで、そう考えていたが、予定を中断する。
視界の隅、木々の隙間を縫って見えたのは、ロダンと同じ年くらいの少女が鉄のカラクリに襲われている場面⁉ ロダンに止められたが、足を止めた私は、向きを変え、カラクリ兵に横から襲い掛かった。動きはそこまで速くなかったので、肩口から切り裂き行動不能に陥らせた。
「すごっ! なに今の⁉ 魔法、それともスキル?」
「えっと……」
あれ?
ぜんぜん怖がっていない。
嬉々として瞳を輝かせて私をじろじろと見てくる少女。
もしかして、襲われていたのではない?
「大丈夫ですか?」
「今、無人装甲機の試験中だったんだ」
「襲われていた訳ではなかったのですね。早とちりして壊してしまい、すみません」
帝国の主力、魔導装甲兵だと思っていたが、違った。
無人の装甲された人型兵器。
帝国にはこんなものまであるのか?
「そんなのいいよ。ボクはアシュレ。ここの領主の娘さ。あなた達は?」
「私はアル……アルナントです。こちらがロイタール」
「誰だよロイタールって……俺はロダン・シェイカー。第35代目勇者だ!」
さすがに帝国の領主の娘に本当の名前を名乗るのは危険かもしれないと思い、とっさに偽名を騙ったが、ロダンは自分の名前を名乗ってしまった。
「こっちに逃げたぞ」
「森から出ていない。そっちに回り込め!」
おっと。
少々、時間をかけすぎてしまった……。
周囲で衛兵たちの声が聞こえる。
囲まれてしまったかも。
これは何度か剣を切り結ばないと突破できないかもしれない。
「こっちこっち」
周囲の様子を窺い、突破口を探そうとしていた私達に小さな声でアシュレが手招きする。
大きな木の根元に不自然な形で扉が開いており、中に入るとアシュレが扉を閉めた。小さな家くらいの広さのたまり空間があり、端に階段がある。
「この地下水路はヴォーエル家の人間しか知らないんだ」
階段を下りた先に水路があり、小舟が係留してあった。
アシュレに勧められるまま、小舟に3人乗り込むと、漕ぎ手がいないのに水の流れに逆らって、上流へと小舟が進み始めた。
「ほとぼりが冷めるまでボクの秘密基地で休んでいくといいよ」
到着したのは、サーモの街外れにあるというヴォーエル家の地下。
地下水路から一度、屋敷の地下通路に出て、すぐ向かいにある扉の中に入った。
古びた書物の紙の匂いや、薬品のツンとした香りが漂う薄暗い部屋。
──これはすごい。
音を録音、再生できる魔導蓄音機。
毒や汚れのある水を清め、飲料水に変える魔法浄水器。
ドラゴンの目の形をした機械が侵入者を感知し、音を鳴らして知らせる監視装置。
まだ試作段階なのか、持ち運びできる大きさではないが、これらが小型化したら大陸どころか世界中に衝撃を与えそうな発明ばかり。これほどのものを12、3歳くらいの少女が発明するとは驚きだ……。
「チリン……」
「あっ、マズい。二人とも隠れて!」
鈴の音が聞こえると、アシュレが慌てふためきだす。
私とロダンが物陰に隠れると同時に入り口の扉が乱暴に開いた。
「アシュレ、抽出方法はわかったのか?」
「──いえ、まだです。父上」
4人の男。
うちふたりは冒険者風の男たちで、周囲の警戒に余念がなく、下手したら見つかってしまいそうなので気配を殺して様子をうかがう。
それにしても、あんなに明るかった少女が、部屋に入ってきた男たちの主と見られる男を見ただけで暗い顔になった。
父親?
ということは、この男がサーモ領主、サマラン・ヴォーエル。
「あれを」
「こちらに」
「なら、無理やり発明してもらわねばな」
『ピピッピィー』
「父上なにを⁉」
背後の部下に合図を送ったサマランは、鳥かごを受け取ると無造作に鳥かごの中に手を入れ、小鳥を握りつぶしてしまった。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……明日はお前の大事な犬を同じ目に遭わせてやろう」
羽が無惨に散ってしまった小鳥を両手にそっと乗せて咽び泣くアシュレに唾棄するようにサマランが言い放ち部屋を出て行った。
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