💀12 とんでもないことになったデシ

 

 魔王はこの2週間近く、常に腹を立てていた。

 ノースエンドの入り口である暗黒谷の奈落門が人間の軍に陥落させられたからである。


 穏健派だった先代魔王のせいで、人間がずいぶんと調子に乗っている。

 現魔王だって、人間と全面戦争なんてするつもりはなかった。

 ただ、魔族という強靭な肉体とかけ離れた魔力を持つ崇高な種族に弓引く愚かで弱い人間を懲らしめなければなるまい。大陸にいる人間の半分くらい間引いてやれば、この先1,000年は魔族に逆らおうなどと間違っても思わないだろう。


 そう考え、まずは奈落の門を占領している人間の軍を殲滅するよう部下に指示をしたのだが、いまだに勝報が魔王の耳に届いていない。


「ドライグ、イースタン、貴様ら、いつまで余を待たせるつもりじゃ?」

「──おい」

「はっはえっ、何度か門へ兵を送ってますが、すべて音沙汰がありませんデシ」

「今すぐ見て参れ!」

「はっ、はえデシ!」


 四天王イースタンはドライグの金魚のフンでいつも付き従っている。今回はドライグが、すべてイースタンに面倒を投げたのが対応が遅れた原因になっていた。このイースタンという男、戦闘力こそ四天王の冠に相応しいものの、少々オツムが足りていない。そのため、ドライグに常にいいように使われているが本人もまんざらでもなさそうなので魔王は放置している。


 まあ、いくら今回、やってきている人間の軍が強くても四天王の一人、イースタンが出れば、問題なく殲滅できるだろう。


 それに早く奈落の門を解放せねば食糧事情も悪くなってくる。

 ノースエンドは作物があまり育たない不毛の地。そのため、ノースエンドのすぐ南に広がる魔の森の中に農場や牧畜を行なっており、それらの供給が2週間近くも止まっている状況にある。魔王領内の3分の1程度なので、今すぐどうにかなるわけではないが、少しずつ……でも、たしかに領内の景気が悪くなってきている。


「くっ──アイツまさか」

「どうしたのだ。ドライグ?」


 玉座で、ひじ掛けに体重を預け、考え事をしていると四天王の一人、竜族のドライグが呻いた。


「部下を一人も連れずに行ったんじゃ」

「魔王様に『見て参れ』って言われたからかしら? やはりおバカなのね」

「ちっ、エナロッテ貴様⁉」

「ウフフフッ、本当のことを言って何が悪いのかしら?」


 ドライグに嘲笑を浴びせるのは、四天王の蜘蛛型の魔族エナロッテ。

 竜族の戦士の威嚇を無視して煽り続けたので、一触即発の雰囲気になる。


「よさんか貴様ら」

「「はっ!」」


 まったく。うまくいかないと内部の空気が濁って、余計な摩擦が生じるものよ。

 イースタンが一人で、人間の軍に勝てなくても構わぬ。その時は余が自ら出向いて、人間を蹴散らし、そのまま人間の国を一つか二つ、大陸の地図から消し去るまで。


















 はえ?

 これはいったいどういう状況デシ?


 鳥型の魔族であるイースタンは、空を飛んで半日かけて奈落の門上空に到着した。


 人間の軍が布陣しているが、奈落の門に年老いた男がふたり立っていて、行く手を塞いでいる。


「いい加減、そこを退け、ジジイども!」

「それはできんの。お主ら帝国軍は女子供見境なく殺しよる。それではどちらが悪者かわかったものではないからの」

「コクコク」


 一人は以前、人間の村を焼き払いに出た帰りにあった老人。たしかショウジョウが見逃してやったと言って、あやうく魔王様にお咎めを受けるところだった。もう片方の老人はドワーフらしく巨大な斧を前に立てて両手で押さえて、連れの老人の言葉に頷いている。


「また魔王軍が来れば、お主らに譲ってやる。それまでそこで待っておれ」

「きっ貴様らぁ、許さん」


 上空から見ても、彼らの間には地面の焦げた場所が無数にあり、これまで何度も人間同士で衝突した跡がいくつも残されていた。カラクリ兵を操る兵たちの指揮官が痺れを切らし、突撃するよう号令をかけた。


 しかし、その直後信じられない光景が鳥型の四天王の目に入ってきた。

 老人二人が、カラクリ兵を軽々と破壊して回っている。

 ちなみに魔王軍ですら、あのように易々とあの鋼鉄の塊を撃退できるのは、四天王や魔王様だけかもしれない。いや、下手したら、魔王様だけかも……。


 老人二人は、ここで帝国軍を足止めできればそれでいいらしく、動かなくなったカラクリ兵を放置して、ふたたび奈落の門の前へ戻って仁王立ちになる。


 このやりとりを何回も、何十回も繰り返したデシか? 帝国軍も慣れた様子で、故障したカラクリ兵を予備のカラクリ兵を使って回収して、背後に待機していた煙を吐く、馬のいない荷車に乗せて、帝都に向かって運び始めた。


「さて、邪魔者も明日までは来ないだろうし、の者に話しを聞こうかの?」

「──ッ⁉」


 気づいた時には遅かった。

 いつの間にか、上空100Mメトルあたりを飛んでいたイースタンは背後を取られた。背中に激しい衝撃を受け、地面に向かって叩きつけられた。痛みに耐えて顔を上げたところに、しゃべる方の老人に首に剣を突きつけられた。


「こっ降参するデシ!」

「うむ、潔いの、嫌いじゃない」


 イースタンは気づいた。

 本能でわかる。目の前の老人たちはおそらく魔王様よりも強い……。


「それで、お主は空で何をしていたのじゃ?」

「はえ、実は……」


 包み隠さず全部話した。

 自分が四天王の一人であること。

 魔王様に命令されて奈落の門の様子を見に来たこと。


「儂らは50年前の約束を果たそうと仲間を待っておるのじゃ」

「コクコク」


 しゃべらない方の老人が頷く中、もう一人の老人が、魔王領ノースエンドの大地を見る。


「アルコ殿のいない魔王軍なぞ興味はない。儂ら第32代目勇者パーティーが魔王を倒す!」


 はえ~~。

 なんだかとんでもないことになったデシ、魔王様……。






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