💀11 屍の支配者って、もしかして
長い森の入り口近くまでこっそり移動して、智獣たちが警戒している者を観察した。
炎を吐く筒を肩から下げて、森を入り口から燃やしている。
燃えた木々を片腕だけカラクリの腕をつけた男たちが、黒い煙を絶えず吐き出している荷車に載せているのが見える。
作業している連中の背後によく見知った姿をした者たちがいる。
シェアローン帝国の軍人たち。
私が門番をしていた頃、何度も戦った覚えがある。
どういう原理か知らないが、魔法とカラクリを融合させた技術を使っている。
百年前はせいぜい弓矢を速く遠くに飛ばす程度でしかなかったが、今では全身を大きなカラクリ人形に覆った兵まで登場している。
この森を無くそうとしているのか。
目的があるのだろうが、このままで智獣たちの棲み処が失われてしまう。
長い森は、奥に行くほど魔物がたくさんいるそうなので、智獣たちが生活するには過酷な環境である。
かといって私が、帝国の軍人たちを力づくで追い払ってしまうと、今度は今より倍の戦力でやってくるのは目に見えている。それに私のこの鎧姿を覚えられるのも何かと都合が悪い。帝国は蛇のようにしつこい。アーテは1対1で戦いを挑むが彼らは、不意打ち、夜襲、毒の散布などなりふり構わず襲ってくるので性質が悪い。
智獣たちの樹上集落に戻って長老にある提案を行った。
「みゃるみゃる、みょーん、みゅる?」
「新しく住む場所、くれる、本当? と聞いてます」
「ええ、魔法の箱庭に私たちと一緒に暮らしましょう」
彼らからしたら、いきなりこんな話をされても想像ができないだろうと一度、箱庭の中に案内することにした。
長老とその孫であるお供、智獣の顔役の3匹は箱庭の中に入ると、興奮してあちこち見て回り始めた。
大変気に入ってくれてすぐに移り住むことになった。
引っ越しには2、3日はかかりそうなので、その間、万が一、帝国に見つかった場合に備えて、集落で寝泊りしていた。
2日後の早朝。
やはり用心しておいて正解だったことを知る。
前日にはもうこの智獣の集落を特定されてしまっていたらしい。帝国の軍に包囲されていた。
「なにこれ?」
「これはその……修行の一環です」
「それは百歩譲ったとしてもこのマスクはなに?」
「いえ、ほら? 相手が勇者だと気づいたら手加減されてしまいますから」
箱庭の中で黙々と修行していたロダンを呼び寄せた。
ロダンには勇者特有の黄金の闘気、
あと少しで、智獣たちの引っ越しが完了する。
それまではロダンとマル、私の一人と一匹と一骸骨で時間稼ぎをしようと思う。
「くっコイツら硬ぇぇ!」
「囲まれないように気をつけてください」
帝国の主戦力、魔導装甲兵。
魔法を動力とするカラクリ兵器。
異形の鋼鉄の塊の右腕には鉄の爪。左腕には3連射可能な巨大なボウガンが付いている。半露出型であるため、鋼鉄の装甲の中に兵士の姿は視認できる。だが、中の人間を狙ってしまっては簡単に命を奪ってしまうため、外側を破壊して戦闘不可能にするようマルとロダンへ伝えてある。
闘気を封じた程度でカラクリ兵に苦戦するとは、まだまだ未熟なところが多い。
マルが子犬の姿のまま、ロダンを背後から襲おうとした魔導装甲兵を魔法で氷漬けにしてピンチを救ってあげている。
私は、魔導装甲兵の胸元にあるエネルギー炉を狙う。もちろん急所であるため、より強固な外殻に守られているが、私の呪剣にはそんなものは関係ない。あっさりとパンでも裂くように外殻ごと魔石を壊し、次々に行動停止に陥らせていく。面白いことに魔導装甲に搭乗するにも魔石エネルギーによる胸部の開閉が必要らしく、行動不能になったあと外に出られなくて悲鳴を上げている。まあ、私たちが立ち去った後、ゆっくりと助けてもらえばいいと思う。
ロダンの方を見ると、ようやくコツを掴んだのか、魔力駆動の青白く光っている関節部分を狙い、うまく相手の行動を制限するよう立ち回っていた。
主戦力の魔導装甲兵のほとんどが戦闘不能となったことから、帝国軍は撤退を始めた。その辺に転がっている装甲兵が邪魔なので、私が少し離れた森の中へ運んで捨ててきた。
「マル。箱の運搬をお願いしますね」
「あうっあうっ!」
智獣の引っ越しが終わったので、長い森から引き揚げることにした。
マルに子犬化の変身を解いてもらい、従来のサイズに戻ってもらう。
私たちは箱の中に入ったまま、マルに左右の切り立った崖壁を飛んで超えてもらい、近くの街の近くまで運ぶようお願いしている。
「みょー、みゃむ、みゃる!」
「ここ、来れてうれしい、ありがとう、主、と言っています」
箱庭の中で改めて、智獣の長老からお礼を言われた。
それにしても主か~。
この魔法の箱庭の所有者なので、主と呼ばれてもおかしくはないがなんかこそばゆい感じがしないでもない。
「みゃ、みゅむみゅむみょー、みゃう」
「この場所、今よりもっと豊か、する、頑張る、と言っています」
さっそく智獣たちはあちこちに散らばって、私が準備していた畑や放牧していたビビット鳥を集めて柵を作り、中に入れたりと私とハイビスだけでは時間のかかることを次々にはじめてくれていた。
それからそろそろ街に着いたかと考え、私だけ箱の外に出てみると、マルが予定通り、知らない街中に潜り込んでくれていた。もちろん姿は子犬に戻っている。
やはりここは帝国領なんだ。
シェアローン帝国。バイナン王国に並ぶ大陸2強のひとつで、北には魔王領ノースエンド。南東に女神を信奉するタイタル聖王国。南西には代々女王が治める砂漠の国イジス女王国が隣接している。
「ついに奈落の門を落したらしいぞ!」
「ああ、あの屍の支配者をようやく倒せたのか」
「これで魔王を討てるな」
街の中を目立たないように気をつけながら、商店街を探して移動を始める。
途中、立ち話している内容に興味の引くものがあったので足を止め、耳を傾けた。
──屍の支配者って、もしかして私のことじゃ……。
でも、姿が骸骨に似ているだけで、アンデッドを支配しているわけではないのだが。
奈落の門と呼ばれているが、半ば砦のようなもの。本当は数百人くらいは詰められる造りになっているが、この間まで私はひとりで百年間、奈落の門を守っていた。
それにしても、ノースエンドは大丈夫だろうか。
クビになったとはいえ、私も魔族。
けっして気にならないわけではない。
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