第11話枯渇を恐れるのは―世界の摂理を知らないから

ふと気が付くと

僕は農場にいた。


うん―

なにかの糞のニオイがする。


遠くの方で農夫が肥料を撒いているようだ。


農夫は僕に気が付き

話しかけてきた。


「どうしたいんだい。

浮かない顔をして…。

うん…

そうか

そうか

君は作品の枯渇について恐れているんだね」


僕は農夫の温和そうではあるが

するどい目つきにヒヤリとした。


農夫は気にせず

話を続ける。


「作品がいつ枯渇するかなんて

誰にもわからない。

心はいつも多層構造で…

思ったよりも広大だし

思ったよりも狭いのかもしれない」


たしかに…。

多層構造か…。

考えたこともなかった。


「一度刈りつくした草も

来年には

同じ場所にまた多量に芽生えるように

何度も生まれるものなのかもしれない」


そうか…

創作も刈りつくしたと思っても

また生まれるものなのか―


「だから何も考えず

ただ心のなかの膿を

出すような気持ちで

君はこころをカラッポに

したらいいと思うんだ」


そう農夫はいうと

屈託のない笑顔で笑いかけた。


その顔は老人のようで

少年のようで

まるでつかめぬ

闇のようでもあった。


深淵を覗くものは、また深淵にも覗かれているんだ―――


という言葉を思い出し

背中がヒヤリとした。


農夫はおもむろにトマトを冷たい水で洗い

僕に差し出す。


「くれるの?」


「あーそうだ。がぶりといけ」


僕はがぶりとトマトを噛んだ。


薄い皮がはじけ飛び、中の汁が口の中を充満する。


―――甘い―――


「甘いよ」


「そうだろ。甘いだろ。このトマトというのはな

同じ畑で2年連続で育ててはダメになるんだ」


「えっどういうこと」


「くわしくいえばトマトはナス科なんだけど、同じナス科同士て2年連続では

育てられないだ」


「へーそうなんだ」


「創作にも同じようなことが言えるかもしれない。

創作も同じような系統のものを連続して書くと、

トマトのように連作障害を起こしてしまうかもしれないのだ」


「そんなことがあるの?」


「いやわからん。しかし作家がスランプにあって、編集から別のジャンルを勧められ

書いたところ、スランプが復活したなんて、話はよくあるんだ。

だから農夫の見解としては、同じ生産であるからして

心を畑としてみるなら、十分にありうる話だと思うのだ」


なるほど…

たしかにありえるかもしれない。


「あとはなー

畑から収穫したら

肥を返さないと

畑の力を減っていく」


「それは執筆にも言えるってこと」


「たぶんそうだろうな。

なにかに感動したり

なにかに刺激を受ける

そういうものがないと

書けんのではないかなー」


そうか…

ありがとう。という間もなく

再び漆黒に包まれた。



作家も持続可能な農業のように考えることが必要なのかもしれない。

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