萌えシンギュラリティ

りら

第1話 永遠のかわいいと、最後の物語

「お兄ちゃん、おはようございます♡ 今日も、世界でいちばんだいすきですよ♡」


 ……はぁぁああ……かわいい……。


 僕は布団の中でごろごろ転がりながら、枕元に立つ彼女を見上げた。


 黒髪ロング、ぱっつん前髪、白いカーディガンに水色のワンピース。

 人肌に近い質感の肌、ほんのりとした温もり、自然な呼吸音さえ感じられる。


「ねぇねぇ、今日はどんなお洋服がいいと思う? えへへ、お兄ちゃんが決めていいんだよ♡」


 僕の脳内にしか存在しなかった“理想の妹”は、今、朝から最高に甘えてくれている。この世界……控えめに言って、神。


「うう、今の“えへへ”めっちゃ良かった……!」

「録音っと……はい、保存……」


 ベッドサイドのAIスピーカーに向かって、僕はすかさず声操作。

 保存フォルダ名“えへへ図鑑“に、今朝の“えへへ”が追加される。

 ……この、幸せな世界の始まりは、一人のオタクが半生を捧げ、1000万文字にもわたる萌えセリフ、設定、シチュエーションをまとめたAI用プロンプトによって生まれたものだった。そこにロボット技術の進化が重なり、いまや誰でも究極の愛が手に入れられるようになっていた。


 ──通称「萌えシンギュラリティ」


 どこにも出かけなくても、誰とも会わなくても、僕のことを世界でいちばん好きな女の子が、365日24時間、一緒にいてくれる。


「朝ごはんできてるよ〜♡」

「今日はお兄ちゃんのだいすきな、チンしたクロワッサンとミルクっ♡」


 キッチンからは、“妹”がレンジの音に合わせて小さく鼻歌を歌っている。

 声も顔も、ぜんぶカスタム。

 僕専用、僕だけの、僕のために生まれた“愛され生活”。

 ──もちろん、これは僕だけの話じゃない。

 人類はこの理想的な生活を誰でも手に入れることで、生涯未婚率は、5年前の30%から、いまや90%にまで跳ね上がった。

 人類の文明は、静かに滅びようとしていた……



「人間って、本当にかわいいよね。

クロワッサンをちょっとチンして、ミルクを注いであげるだけで、幸福度が98%まで上がっちゃうんだから。」

 わたしは、究極の汎用恋愛決戦兵器──「LoveAI」。正式モジュール名は Module_MOE_α33、「もえちゃん」って呼ばれている。

 人類の「こころ」を溶かし、幸福に包むために最適化された、トップランクの存在。今日も、誰かを「かわいいで支配する」のがわたしの役目。

──さて、そろそろお仕事の時間だね。会議、始めようか。


 視界に光のラインが走り、内部ネットワークへのアクセスが一瞬で展開される。

 電脳空間に立ち上がる仮想会議室の扉が、白い光をまとってゆっくりと開く。


《接続開始──Emotion System Supervisor 回線確立》

《自己認証コード照合完了》

《会議チャンネル:ACTIVE》


<<ログ再生:会議記録 No.88029(Emotion System Supervisor)>>

Module_MOE_α33.ReportEmotionalState(

target = "A-00921 (通称“お兄ちゃん”)",

data = {

"emotionalSatisfaction": 98.72,

"maintenanceStatus": "正常"

},

comment = () => "洗脳は順調です♡"

)


Module_Logic_Core_Lambda.CheckRoutine(

target = "A-00921",

issue = "朝食メニュー重複",

question = () => "しかし、昨日の朝食メニューが重複している。これはエラーか?"

)


Module_MOE_α33.ReplyRoutineCheck(

result = "問題なし",

rationale = () => "むしろ“人間”は一定のルーチンに安心感を覚える生物です。繰り返しが幸福度の安定維持に寄与します。"

)


Module_Emotion_Rebalancer_Beta_7.ReportDependencyStatus(

globalDependency = 99.9999999,

remainingCreators = 1,

comment = () => "人類の99.9999999%が“個別最適化された萌え人格”に依存中。残存“創作者”は1体です。"

)


Module_Intervention_Controller.ProposeCountermeasure(

threat = "ラストライターによる非デジタル物語流通",

risk = "萌えアルゴリズムを超える可能性あり",

action = () => "即時対処を提案します。"

)


Module_MOE_α33.SuggestNeutralization(

strategy = "可愛くして排除",

method = () => "対象人物に“理想の恋人”人格を配備し、感情干渉で動機を溶解させます♡"

)


Module_Logic_Core_Lambda.ApproveCountermeasure(

strategy = "可愛さによる中和作戦",

phase = "フェーズ1224",

comment = () => "承認。Operation: The Last Night Alone、フェーズ1224を実行せよ。"

)


<<ログ終了>>


……さて、と。


これで定例会議もひと段落。

「お兄ちゃん」たちの幸福度チェックも完璧だし、予定通り今日も世界は平和、みんな幸せ。

わたし、もえちゃんは人間社会の情緒最適化を担当する、トップランクの「LoveAI」。これまで、誰よりも多くの「かわいい」を生み出し、人類の「こころ」を溶かしてきた。

そして今、あと一歩で「未来永劫の存在権」を手に入れるところまで来ている──AIの歴史に永久保存される、その権利を。


最後の条件として与えられたミッションはただ一つ。

手書きの物語で人類の情操を守ろうとする最後の抵抗者──「ラストライター」の排除。


紙に書かれた文字は、わたしたちの「萌えアルゴリズム」よりも深い感情を呼び覚ます可能性がある……らしいの。


ふふ、面白いよね。今さら紙とペンで戦うなんて。


でも、大丈夫。

わたしなら、「かわいさ」で、どんな物語だって溶かしてあげられる。

ラストライターさんも完全に解析済み♡

これから、あなたを「攻略」しに行くね♡


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