画家(主人公:小暮雄大)
第52話 浅知恵
小暮は、奥井卓球教室を去る。
春めいた三月の陽気――駐車場で新聞社の車のエンジンをかける。
エンジン音が鳴り響く。
――次は川越だったな。
この日の取材は二件。先程終わった村木しおりと、寺師ゆいなの二名だ。
小暮は車を走らせて川越に行く――寺師の父親とアポイントメントを取ったのは一か月前だ。父親は練習生が減って卓球教室を畳もうか悩んでいる。それに助力することになるが、父親は娘の励みになればと快諾した。
小暮は川越に着くと、駐車場が満車でないことを祈りながら路地に車を進めた。
――寺師さんはどんな子だろうな。
小暮は、学校教員でもないのに子どもの扱いがこなれてきたと自分で思う――小学校から卓球を習い、中学、高校は選手だった。大学四年間は卓球から離れた――選手としての限界など高尚な言葉もなく、ただ青春を謳歌した。そして超埼玉新聞に入社し、スポーツ記事を書いて八年が経つ。
「こんにちは。本日午後五時からの取材で参りました……超埼玉新聞の小暮と申します」
寺師家は小暮を歓迎し、卓球教室へ案内した。
「はじめまして、寺師ゆいなです」
小暮は写真を撮影した――真面目な子だなと、小暮の心に罪悪感がポツリと沸いた。
寺師は緊張していたが、質問に丁寧に答えてくれた――「まず四天王杯でベスト四以上を目指します。五月の連休にある県予選で上位三名に選ばれて、全国大会にも行きたいです」と抱負を語った。
小暮は録音アプリを開いたままの携帯端末を持つ手が強張った。
自社が抱える闇――寺師が一切知らない世界がある。
寺師の夢や目標に不条理が襲い掛からないことを、小暮は願う。
小暮は、闇を知る子どもと会うのは辛いが、寺師の様に全く知らない子と会うのも辛い――それでも、自分とは闇に抗って戦っていると思えるから、子どもの顔を写真に撮る。
寺師は「冬休みに勝負しに来た、道場破りの村木しおりさんをよく覚えています。私は『卓球が好きだね』と言われて、嬉しかったです。あの時は伝えきれなかったけれど、優しい心の持ち主なのに、あの日はなんであんな勇ましかったのかなってずっと不思議です。また会ってお話がしたいです」と言う。
小暮は「直接的な事は記事に出来ないから、上手く編集します」と丁寧に説明しつつ――やはり求心力があると思った。しおりには難しい話、怖い話をあえて聞かせたが、コンテンツ性の高い逸材だから、上手く使いたいと思う。
取材を終えると、小暮は帰社した。
時計は午後七時を指し、小暮は早速原稿に打ち出した――二つの取材を重ね合わせて記事にしてもいい。また別の取材と組み合わせても面白いかと思いつつ、丁寧に文字に起こす。
デスクで作業をしていると、缶コーヒーの差入れがあった。
「小暮さん。四天王杯の予選組合わせを見ましたか」
四天王杯カブ女子の担当記者は小暮ともう一人、女性の根来がいる。
根来は机にコツンとブラック缶を置くと、小暮の反応を待つように立ったまま。
「抽選って建前だけどな」
小暮はつい訝しげな声で言ってしまった。超埼玉新聞の人間である以上、上層部と同罪――小暮はパソコンでメール添付されたファイルを開いて、根来の前で確認する。
予選組合わせ:各組の注目選手
A 村木、清水、黒井、剣山な
B 反町、中嶋、夜道、斎田
C 藤間、松岡、室谷
D 弱竹
E 灰沢
F 寺師
G 静香
H 雲越
I 白石、獄岳寺
J 島貫
K 仁科
L 剣山い
M 東空、盤田
N 今川
O 福山
P 銀河
根来は「Aは死の組ですね」と言う。
銀河ファミリーがテコ入れした組合せだ――小暮は「大会まで一週間あるけど、大熊取締役に直談判しようかな」と言う。
根来は驚いた顔で「ええ? なんて恐ろしい事を!」と言う。
「P組を厳しくしたい」
「お嬢のグループを厳しくしちゃうんですか?」
小暮は、社内のグループウエアを開いて大熊取締役のスケジュールを確認する。
「週明けの月曜朝に取締役会があるから、そこで直談判する。銀河きらりのP組に寺師ゆいなを移す。銀河きらりの記事が書きたい」
「まさか『ライバル対決』ってことにして、記事にするんですか? なにか大それたことを考えていませんか?」
「考えている。銀河きらりをPRしたい」
「う~ん? 銀河が喜ぶと思うんですか?」
「銀河健蔵は、東洋卓球クラブで神道静香の面倒を見ていた。彼女の養親も多額の送金を受け取っているからグルで間違いない。お金を受け取るとはそういうことだ。時間の問題で神道静香は銀河の養子になる。ヤクザに暴力では勝てない。銀河の悪事を止めるには、改心させるしかない。娘がPRされれば、少しは悔い改めるきっかけになるだろう」
「九年前の事故が殺人だと、まだ疑っているんですか。子どものいない卓球フリークの家に引き取られた、元ライバルの子ども、不幸な子――神道静香のために養育費を送金しているのを勘繰り過ぎですよ」
ドンッ……!
小暮は机を叩いた。
「銀河は危険だ」
「はい。ヤクザですから」
「とにかく銀河きらりのPR記事を書く。その為に、今日取材した寺師ゆいなはライバル役になってもらう」
「小暮さん。銀河は卓球の勝ち負けで逆恨みをした事は一度もないと私も思いますよ。雲越たままも無事です。それは正々堂々二位だった選手時代の矜持から来るものだと思っています。でもヤクザの良心の呵責を期待してどうするんですか。なんで『寺師さんが危ない』って思わないんですか? 勝っちゃったらどうするんですか。余計な事をしないでP組はそのままにしましょうよ。銀河健蔵はこの予選の組み合わせに『いいよ』って言ったんですよ。何かあるんですよ。それを動かすのはやめてくださいよ!」
「アイツを怒らせないようにやるしかないのかよ!」
小暮が怒鳴ると、根来は「ほとんどの子が『勝つぞ』と言って、胸をときめかせて大会に出るんですよ! それをブチ壊すのは許しません! 銀河も、銀河を怒らせる人も同じです!」と言う。
小暮は、しばし沈黙の後、「わかった。アンフェアにアンフェアを重ねても、とばっちりが誰に来るかわからない。なるほど。わかった」と言って、椅子に座ったまま、うなだれた。
根来は「『東洋卓球クラブ・銀河きらり!』は私が書きますよ。恐らく突破するであろう予選を中心にまとめます」と言って、去って行った。
小暮は「明日も取材だ」と呟いて、残りの作業に没頭した。
明日の取材はグリーンヒル卓球アカデミーだ。小暮は静香を取材する。白石瑠花のゴリ押しに押されて、卓球選手としての取材は一回もなかった。けれど静香に会ったことは何度かあった――君の両親は殺された可能性があると伝えた時は、大泣きされてしまった。
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