第3刃 束の間の平穏

約3年が過ぎ、俺は15歳になった。

明日は年に一度の祭りの日。

街全体が浮き立つこの行事に向けて、

今日はリリィや孤児院の仲間たちと

バザーの準備に追われていた。


「……ここに来て、もう3年か。

いろんなことを学べたし、毎日が楽しい。

本当に、幸せだな。」


「……その程度で満足してるなら、

まだまだね。」


リリィは淡々とした声で言いながらも、

手は休めずに作業を続けている。


「なんだよ、褒めたってのに……

でも、俺は本当にリリィと出会えて

よかったって思ってるよ。」


そう言うと、リリィは一瞬だけ手を止め、

視線を逸らした。


「……そう。なら、気を抜かないことね。」


「ん? 今、何か言ったか?」


「聞かなくていい。今は準備に集中して。」


そのそっけない態度が、どこか照れているようにも見えて、俺は少し笑ってしまった。

そうして、他愛のないやり取りをしながら、バザーの最終準備に取りかかっていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌日。ついに祭りの日がやってきた。

街には様々な種族が集い、

色とりどりの装飾と喧騒が広がっている。

文字通りの“お祭り騒ぎ”だ。


「なんとか準備は間に合ったな。にしても、祭りに便乗してバザーを開くとは……よく考えたな、ジャック。今年もよろしく頼むよ。」


安堵の笑みと期待を込めた眼差しで、

孤児院の院長・アスモデウスが

声をかけてくる。


“生きるためには働く必要がある。

働くには技能がいる。

技能を学ぶには実践が不可欠。”


その考えをもとに、

リリィと話し合って始めたのが

この出店形式だった。

孤児院の子どもたちが作った魔導具や料理、雑貨を売るこのバザーは、

昨年初めて試みられたものだが、

予想以上の好評ぶりで、

今年も継続されることとなった。


「任せてください。今年もきちんと稼いで、みんなの未来の糧にしてみせます。

……もっとも、お金の管理は苦手なんで、

その辺は院長や先生方にお願いしますけど。」


実際、魔導具の選定には慎重を要した。

目立ちすぎると、

良くも悪くも注目を集める。

バランスを見極めるのは難しかったが、

リリィの的確な判断に助けられた。


「ところで、そろそろ店番の交代時間

じゃないか? せっかくだ、

リリィと一緒に祭りを楽しんでおいで。」


そう言って、院長は俺に

祭りのチケットを手渡してくれた。


「ありがとうございます!じゃあ、

行ってきます。

院長も、楽しんでくださいね!」


俺はそう言い残し、

リリィの元へ駆け寄った。


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作業着を脱ぎ、私服に着替えた俺たちは、

祭りの光に包まれた街を歩き始めた。

街中がイルミネーションで彩られ、

どこもかしこも幻想的な輝きに満ちている。


「……こうして見ると、

この街も悪くない。」


リリィがぽつりと呟く。

その横顔は静かに景色を見つめ、

時折微かに目を細めていた。


「そうだな。でも俺は、リリィとこうして

一緒にいられる時が、一番幸せなんだ。」


「……そう。」


それだけを言って、

リリィは黙って俺の手を取った。

細い指が、

ほんの少し震えているようにも感じた。


「……まだ時間はある。ひと通り見て回ろう。今日くらい、情報収集じゃなくて、

娯楽として楽しんでもいい。」


「お、おう。そうだな!」


その提案に頷きながら、

俺たちは祭りのあちこちを回った。

雑貨店での買い物、髑髏投げの的当て、

広場では一緒にダンスまで踊った。

リリィは多くを語らないが、

その静かな表情の中に、

確かに楽しさが宿っているのを感じた。


やがて、休憩時間の終了を告げる

鐘の音が街中に響き渡る。


「……楽しかった。

少し、使いすぎたけど。」


「俺も。リリィと一緒に過ごせて、

本当に楽しかったよ。ありがとうな。」


そう言って、俺たちは帰路についた。

このまま、何事もなく祭りが終わる――

そう信じていた。


だがその時、

轟音とともに地響きが鳴り響いた。

振り返ると、孤児院のある方角に、

真っ赤な炎と黒煙が立ち上っていた――。

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