第4話 口ずさむ

「気い散るんでやめてください」

 流行歌を口ずさむ南さんへ顔を向けて制止の声をかけると、彼女は目を丸くさせてきゅっと口を閉じた。

 それからひと呼吸おいて、「そう?」と首を傾げる。

「ぴったりじゃない? お誕生日を祝う歌だよ?」

「ぴったりかどうかは僕が決めるんで」

「わたしが決めることでもあると思うんだけど……うん、でも、いいよ。静かにしてるね」

 撮影が好き――たったそれだけの失言(と、南さんは考えているらしい)を誤魔化すためか、今日の彼女はやけに饒舌だ。

 今日は俺も南さんの内面を探ろうと動いていたから、おあいこなのかもしれない。が、俺はそんな考えをおくびにも出さず、頑なな態度も崩さないでいた。

 南さんは案外、我が強い。

 自分を疎むやつばかりがいるサークルで、それでも腐ることなく、なんなら変化すらなく三年目に突入しているのだ。確たる意思がなきゃ、こうはならない。

 ましてや、俺の写真を撮るなんて。


 写真家・黒嶋雄三ゆうぞうをありふれた人間に切り取る人を、俺は南さん以外で見たことがない。褒めてはない。俺を撮るなら上手く撮れよと思うし、写研のみんながそう思ってる。

 それなのに、先月南さんが撮影した写真のほとんどは、俺の誕生日で埋め尽くされていた。

 またページをめくる。飽きる。これらの画から学べることなんて、なにもない。コピー用紙だから、破かないように気をつけなきゃいけないのも面倒だ。

 それでも、わずかな手がかりも見逃すまいと、一枚ずつ、くまなく目を通す。

 思い出のアルバムにふさわしいろうそくの火も、南さんの手にかかればべっとり色の飛んだ駄作に早変わり。なんでこうなる。露光量くらいスマホでも調整できるだろ、しろよ。

 捨てるような感想と入れ替わるように浮かんでくる、なんてことなかったはずの会話。

 ケーキのろうそくを吹き消したあと、南さんはこう言ったのだ――「黒嶋くん。口のところにほくろ、あるんだね。なんか……いいね」と。


 要望通りに口をつぐんだ南さんの、強烈な視線が頬に刺さっている。そっちにほくろはないだろ。

 鼻歌まじりに口にする戯れ言に、南さんは人の心を乱す劇薬でも垂らしてるんだろうか。

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