僕は学校が好きではなかった

喜多哲士

第1話 学校は好きでないけれど生徒は好き

 初めまして。

 ぼくは大阪府で三十年間教職をつとめ、現在は定年退職後の再任用でまだ教師の仕事を続けています。

 それはぼくの表の顔で、裏の顔、というわけではありませんが、一時はSFマガジンで書評の連載を持ち、「おひさま」という今はもうない子ども向けの読み聞かせ童話雑誌で新人賞をいただいたこともある文筆家でもあります。

 とはいえ、キャリアの上では高校教師としての顔が中心になっています。

 そんな僕が「僕は学校が好きではなかった」というタイトルで文章を書こうとしているのを奇異に思う人もいるかもしれません。

 しかし、これはぼくの本音です。

 特にここ十年ほどは「学校」という場所や組織、そしてそのあり方に対してますます好きでなくなっていると実感しています。

 ここでは、僕がなぜ学校という場所を好きでないのかについてあれこれと思いつくままに書いていきたいと思います。

 ただ、念のために書いておきますと、僕が好きでないのは「学校」であって、「生徒」や「教師」はかなり好きであったりするのです。

 今勤務している学校で、授業中に遊んだり私語ばかりしている生徒がいます。ぼくはその生徒に言いました。

「君は学校に何をしに来ているんや」

 その生徒は言いました。

「遊びに来てるねん」

 それならばどんなに説教しても仕方ないです。違う次元で生きている者に何を言っても通用しません。よほど目に余る場合でなければ、僕は彼の言動に関してはスルーすることにしました。

 彼は「学校」という場はきっと嫌いではないのでしょう。少なくとも居場所としてこんなに楽なところはありません。社会からは切り離され、よほどのことをしない限り「先生」という名の大人は自分にかまってくれる。暴力さえ振るわなければ停学にもなりません。

 ただ、彼は一つだけ思い違いをしていると思うのです。中学校まではそれでもよかったけれど、高校はそうはいきません。ちゃんと「勉強」しなければ卒業はおろか進級もできないのです。他の授業でも彼は同じような調子です。きっと進級に必要な単位は揃えられないでしょう。そして年度末になって「留年」という現実が彼の前に立ちはだかるのです。

 ぼくは三年で卒業できず、「四年生」になってなんとか卒業した生徒を担任したこともありますが、その生徒たちとはじっくり話をして、その現実に向き合わせました。

 さて、彼はその現実に向き合う覚悟はできているのでしょうか。それは年度末になってみないとわかりませんが、おそらくそんな覚悟はないだろうと見ています。長年この仕事をしていると、そういう覚悟の有無は見えてきます。

 ぼくが学校を好きでないのは、特に中学校を好きでないのは、生徒に対してそういう社会に出るために必要な覚悟をさせる環境にないからです。

 ぼくは中学校教師の免許も高校教師の免許も持っていますし、採用試験に合格する前には高校にも中学校にも講師として勤務しました。そしてあくまで高校教師の採用試験にこだわったのは、中学校というところが好きでなかったからです。

 そこらへんはまたおいおい書いていくことにしましょう。

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