魂が美味しくない男×魂を食べたい悪魔
八億児
第1話
特別な重罪人が入れられる牢は、
ある夜、イゴルはその闇の中からぬるりと人の姿が現れるのを見た。
気でもおかしくなったかと何度も目をこすり
「これはこれは……なんと期待外れだ」
少年はイゴルの顔を眺めると、
「ここに入るということはさぞかし業の深い魂の持ち主だろうと、私がわざわざ訪ねて来たというのに……。まさかこんなに不味そうな男が一人とは」
イゴルには、自分が何を言われているのか分からなかった。思わず牢の外の看守の様子を
「あんた、どうやってここへ入った……?」
「私は大抵の場所へ入れる。看守に助けを求めようとしても無駄だぞ、眠らせておいたからな。そんなことより、どうしてお前のような人間が重罪人の牢にいる?
少年は地位の高い人間のような
「いや……冤罪ではない。おれは、貴族に逆らった」
「ほう、何をやらかした」
さっきまで不機嫌だった少年が、少しだけ興味を見せた。
「女が連れて行かれるところを、止めようとして殴った」
「お前の女か?」
「いや」
「身内か?」
「知らない女だ」
「知らない女を助けようとして貴族を殴ったのか? お前、そんな正義感でよくこれまで生きてこられたな!」
少年はとうとう、明らかに面白そうにイゴルの前にしゃがみ込んだ。
「別に、正義感なんかじゃない」
「なんだ、その女に惚れたのか」
「目が合った」
目が合ってしまったのだ。
イゴルはそう思い返す。揉め事に関わり合いたくなどなかった。介入して、自分がどんな目に遭うか想像したくもなかった。
だが、町中で背後から男の大きな
腕を
あとはもう夢中だった。ほとんど反射的に男を殴りつけ、女を逃がし、殴りつけた貴族に
だがああしていなければ、あの眼から逃れることはできなかったと今でも思う。だからおそらく、こうなるのも自分にとってはどうしようもなかったことなのだろう。
「目が合ったから、仕方なかった」
淡々と告げるイゴルの顔を、少年は今度は面白くなさそうに眺めている。薄暗い牢内で気付かなかったが、間近で見ると少年の顔はこれといった特徴らしい物がなく、それでいてうっすらと光でも放っているかのように異様なまでに美しい。そこに至ってイゴルは、ようやく少年が何らかの魔性のものであることを察した。
「あんたが何を期待してここに来たのか分からないが、おれでは不足があるんだろう。それについては悪いとは思うが、できればこの場は命は助けてくれないか」
すでに重罪人として牢に入れられていることを思えば、イゴル自身も妙なことを頼んでいると思う。それでも突然
「言っておくが、その逆だぞ」
少年は面白くなさそうな顔のまま答えた。
「私は重罪人の
「あんた、死神なのか……?」
「さあね。死神とか悪魔とか神とかお前達は好き勝手に呼んでいるようだが、私は美味い魂を食いたいだけだよ。……だがお前の魂と来たらどうだ。目が合っただけの女を助けて牢に入れられた、因果も業もろくにない人間だ。お前の魂など並以下じゃないか!」
不満げに非難されるが、その苦情はイゴルにはどうすることもできない。だが少年のような顔で駄々をこねられると、とりあえず
「それは……悪かった」
「そうだ、私の期待を裏切ったお前が悪い」
口ではそう言いながら、少年の
「何やってるんだ、お前も来い」
「お、おれも? ここから出してくれるのか?」
少年の中で一体どういうことになったのかが分からず、イゴルは有難くも戸惑う。
「願ってもない申し出だが、どうして。おれの魂は美味くないんだろう」
よろよろと立ち上がって少年のあとに続く。見下ろされていたのと存在感のせいでもっと背丈があると思っていたが、立って並ぶと相手は随分と華奢で小柄だった。
「どうしてと言われるとな……」
少年は、少し困ったように小首をかしげる。
「目が合ったから、仕方ないだろう」
そう言ってイゴルの手を取ると、二人して闇の中へするりと姿を消した。
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