第15話 第一王子がそんなにひどい人だとは

 聖女マンサナ・トリゴは、カステーラ王国国王から、スーシイ第三王子との結婚を打診されて、一も二もなく承諾した。

 正統派教会、彼女が属している、の聖女、この場合は一国レベルで聖結界を張り、加護を与えることのできる聖女のことであり、他のいわゆる治癒・回復・癒しができる程度の聖女達とは異なる、は、教皇から派遣された地の王族との結婚が半ば既定事項となっており、彼女も当然のことと考えていた。

 だから、僅かな期間とは言え、移動等で行動をともにし、親しく言葉を交わして、その魅力が外見だけではなく、内面も同様であることがはっきり分かっていたスーシィ王子には好感をもっているという以上のものを感じていたから、同意しないという選択は考えられもしなかった。


 二人だけで、テーブルを挟んで茶をすすり終わってから、聖女マンサナは、心配そうな表情で、

「私のような者でよろしいのですか?」

と彼に尋ねた。

「聖女様のようにお美しい方と結婚できることは、とても嬉しく思っています。」

 彼の本心だった。

「でも、私は婚約者から婚約を破棄されてしまった女ですよ。」

 婚約破棄された時のことを、自分自身の言葉で思い出してしまった。幼い頃から政略結婚とはいえ婚約者として親しくし、度々彼が王太子の地位を失った時も支えていたし、彼も自分を大切にしていたと思っていたのに、ある日突然、見知らぬ女と手を組んで、彼女を愛している、お前とは婚約を破棄して追放すると宣言されてしまった。その時の絶望感、怒りを思い出してしまった。"でも、あの黒髪の背の高い女、何か禍々しいものを感じたけど・・・。"と思い出しかけた時、あることをふと思いついた。

「殿下には、幼い時から決められていた婚約者の方がおられたのではありませんか?」

「はい。おりました。」

 それを聞くと流石に彼女は青ざめた。

「そねそれでは私は、自分がされたことを彼女にしてしまったのですか?なんということでしょうか・・・自分の幸福のために他人の幸福を台無しにしてしまって・・・。」

 彼女は、本当に罪悪感に打ちひしがれたように見えた。彼は慌てて取り繕うように、

「聖女様には、罪はありません。全ては私のしたことですから。そ、それに、彼女は私を愛していたわけではなかった・・・というのではなく、より他の者を愛していたのです。」

「殿下以外の殿方を愛することができる女がいるのですか?」

 彼女は、素っ頓狂な声をあげてしまい、直ぐにそれを恥じて、下を向いた。

「彼女は、私の上の兄、第一王子、少し前まで王太子を廃されましたが、を子供の頃より愛していたのです。私のことは、政略結婚であるとともに、婚約者のいる上の兄のせめて義妹になれるということでしか見ていなかったのです。でも、彼女は立派な婚約者、立派な妻になろうと努めていましたよ。彼女は、私との婚約が解消され、上の兄が婚約者から婚約破棄をいいわたされた翌日、上の兄の元に嫁にしてほしいと駆けこんだそうです。」

「上の兄上、第一王子殿下は、そのような昔から弟である殿下の婚約者を狙っていたのですか?」

「いや、そうではなく・・・。」

 どう説明したらいいか、彼は躊躇した。彼が聖女との結婚を婚約者がいるからと断ったことで失脚したと言っては、聖女がさらに罪悪感を感じるのではないかと思ったからだった。彼の表情を見て、彼女は不味いと思い、話題を変えた方がいいと判断した。

「その第一王子の婚約者の方はどうなさったのですか?婚約を破棄されてから?」

「下の兄との結婚が決まりました。彼女の実家は、国内第一の貴族、コウリャン公爵家ですから。下の兄は、こうして王太子なったのです。あ、それからもともとの下の兄の婚約者は・・・、私の元婚約者と同様な理由で上の兄のところに駆け込みました。」

「はあ?あの方は、弟殿下の婚約者を2人とも狙っていたのですか?気のいい方だと思っておりましたが、第一王子がそのようにひどい方だったとは・・・闇の部分があったのですね。それに気づかず導くことができなかったとは・・・聖女失格ですね。」

「いえ、そんなこと。」

 彼はコローケイの弁護をと思った者のものの言葉が出て来る前に、

「私がいなければ、彼女達も道を誤らずにすんだものを・・・。でも、あなたの妻となる喜びを選びます。神よ、お許しください。」

と手を合わせた。"いい人なんだな。"

「聖女様。」

「殿下。」

 伸ばし合った手を握りしめあい、その幸福感をかんじたスウーシィは、それ以上説明することを放棄した。

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