狂世界・オーバーナイトガール -3-

「お願い喜美子きみこ! 置いていかないで!」

 狂った目で足を掴み続ける少女に、キミコは恐怖を覚え始める。

「違うってば! 私は、わたしはぁ!」

 否定の言葉を叫び続けるうちに、彼女の目には涙が浮かんでいた。

 いよいよ激情のぶつかり合いとなってきた車内にて、仮峰かりみねとリリカは相変わらず眠り続けている。

「リリカぁ! 仮峰ぇ! 助けてよぉ!」

 怒りと恐怖で泣き叫ぶキミコの声は、確かに彼女らの鼓膜を震わせていた。だが、決して目を覚ますことはない──。

「喜美子! 喜美子ォ!」

 キミコは赤髪の少女を引きずりながら、リリカのもとへ行った。

「リリカぁ!」

 どんなに体を揺すっても、その目は開かない。

 仮峰も、まったく同じだった。

「もう、やだよぉ……」

 ついに心が折れて、キミコは座り込んだ。

「喜美子、やっと分かってくれた?」

「わかんない……。わかんないよ……」

 子供のように泣きじゃくり、床に突っ伏し、やがて黙り込む。

「喜美子、どうしたの? なんで、なにも言わないの?」

 少女は不安そうに体を揺する。何度も何度も揺する。その間も、絶対に足首を放さなかった。

「……もしかして、私が、分からないの? 里香りかのこと、分からないの?」

 狂った目は、確かに涙を流していた。その一滴が、キミコの首元に垂れる。

「……つめたい……」

 思わず呟くほどに、その涙には温情がなかった。まるで、蛇口から垂れた水道水のような、無機質な液体。

 同時に、彼女は悟った。

「喜美子、喜美子、喜美子、喜美子。どうしたノ? わたシが、ワカラナイノ?」

 ”もう死んでいる”と。

 キミコは膝を曲げて、ゆっくりと立ち上がる。

「喜美子! やっと分かってくれ──」

 そして、里香の顔を思いっきり蹴飛ばした。

 キミコの顔は、死んでいた。それでも、はっきりとした”哀れみ”の感情が、そこにはあった。

 里香は吹っ飛び、手すりに叩きつけられた。勢いで背骨はポキポキと折れ、落下する頃には、全身がグニャグニャに歪んでいた。

「き、み、こ。き、み、コ。キ、ミ、コ……!」

 次の瞬間に放った言葉は、絞り出したような温情に満ちていた。

「ごめん」

 そして、彼女はこの世界から消えた。

 キミコは、呆然と立ち尽くした。

 バスは、走り続けていた。

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