第4話 不穏な予兆
「あそぼ!」
ジャックに朗らかに話しかける。
「うん。でもちょっと待って」
薬を吸引するジャック。
「? それなに?」
「気管支にいいんだって」
「そっか」
吸引が終わると、立ち上がり準備を始めるジャック。
「さ。遊ぼ」
最近は顔色も良くなっている。
ジャックはとても優しい子だと思う。
いつもわたしの無茶振りに応えてくれる。
なんだか、この関係性が心地良い。
すごく楽しい日々を送っている。
彼が身体が弱いとは思わない。
そして死に至るものとも思えない。
ジャックのために万能薬を探している弟のアッシュには悪いと思うけど、でもわたしに出来ることってこれくらいだから。
ジャックを楽しませる。
今はそれでいいのだと思う。
わたしだってなにも考えていない訳じゃない。
みんなから「やらかし姫」なんて呼ばれているけど、わたしは楽しいことをしたいだけ。
自分のために。
究極のエゴイズムだとも思っている。
わたしが楽しいと思っていることをする。
それだけだもの。
だから彼も楽しませる。
ジャックも楽しいことをしていいのだと思う。
そうして幸せにたどりつくのだと思う。
みんなもっと自由に生きればいいのに。
子爵だとか、男爵だとか。そんな小さいことにこだわるから人の可能性を潰しているというのに。
「今日は何をして遊ぶの?」
純粋な瞳で尋ねてくるジャック。
「そうだね。今日は街に行こうか?」
「街……」
険しい顔になるジャック。
「陶芸とか、どう?」
わたしはあくまでも彼に寄り添うように尋ねる。
「うん。いいよ」
彼は優しいから、そう応えるよね。
分かっていて聞くのはずるいとは思う。
でも彼がワガママを言うタイプじゃないのはわかっている。
「おじちゃん、いる?」
わたしはガラッと引き戸を開けると陶芸家のおじちゃんを呼ぶ。
「おう。いるぞ。……なんだ? そっちのチビ助は?」
「ジャックって言うの。わたしの最近の友達なの」
ジャックの目が潤む。
「そうかいそうかい。で体験でもすっか?」
おじさんは顎を撫でながら尋ねてくる。
「そうそう。ジャックにも楽しんでほしいから」
ジャックはまたも目を潤ませる。
そんなにいい話はしていないだろうに。
「ほう。そっちのチビ助はやる気満々といった様子だな」
「とんだ節穴ね」
「何を~!」
「何よ~?」
いがみ合っているとジャックがオロオロとする。
「あ、あの……喧嘩は良くない、と思います」
ジャックは正論を振りかざす。
「ぷっ。あははははは。このぐらい朝飯前なのに」
わたしは腹を抱えて笑い転げる。
陶芸家のおじさんもケラケラと笑う。
「ちげーねぇー」
「え。ええ……」
困ったように顔をしかめるジャック。
さっそく素材になる粘土を手で触れ、ロクロを回す。
回転するロクロの上に粘土をのせて形を整えていく。
「あはははあは。ジャックってば下手」
「わ、悪いな。初めてなんだよ」
恥ずかしそうに呟くジャック。
「ははは。なんでも挑戦だよ。チビ助」
陶芸家のおじさんもそう言って指導を始める。
「そうそう。手さきをゆっくりと動かすんだ。肌に触れる感触を頼りに少しずつ形を整えていく――どうだ?」
「うん。分かってきた」
すぐに上達していくジャック。
それにすごく驚く。
わたしを追い抜いている気がする。
面白くない。
「ぶー」
「ど、どうしたのリンちゃん?」
「だって、うまいんだもの」
わたしは面白くない。
おじさんもジャックに付きっきりだし。
「人を妬むから、失敗するのさ」
おじさんはそう言ってわたしの手をとる。
「ほら。ロクロを回して」
「は、はい……」
今度はジャックがぶーっと頬を膨らませる。
二人で夕方までロクロを回した。
形の良いお皿ができると意気込んでいたが、乾燥させたり焼いたりするので、数日はかかると言われた。
「あーあ。今日は持って帰れないのかー」
「しょうがないよ。お皿って作るの、大変だから」
「うん。お皿があんなに大変なの、初めて知った。みんな何げなく使っているけど、大事にしてほしい」
談笑しながら屋敷に帰ると、さっそくメイド長のネェに怒られる。
「リンカーベル様、どうしてジャック様とどろんこなのですか!?」
「ええと。陶芸をしに……」
「いいですか!! ジャック様は絶対安静! それをこんなに!!」
ネェちゃんの言葉にうろたえるわたし。
「大丈夫。僕は楽しかったよ。それになんだか元気がいいんだ」
「ジャック……」
「ジャック様」
一瞬顔がほころぶネェちゃん。
「でも、ダメです。ジャック様に甘えるな!」
わたしの額をコツッと指で弾くネェちゃん。
「いった」
「これぐらいで泣き言ですか? リンカーベル様」
「どっちが雇い主か分からないね」
ケラケラと笑いだすジャック。
だが、すぐにゲホゲホと咳払いをし始める。
「ジャック!!」
「ジャック様!!」
すぐに客間のベッドに戻すネェちゃん。
わたしは桶に水をくみ、タオルと一緒にその部屋へと向かう。
「ジャック様の病状が悪化したって?」
「くそ。あのおてんば姫。やってくれる」
そんな噂話を聞きながら部屋に行くと、彼の隣でタオルを絞る。
額に浮いた汗を拭き取ると、お薬を飲ませる。
しばらくしてかかりつけ医がやってきて、様子を見る。
「これはいかん。持ってあと数日だ……」
医者がそう告げると、ネェちゃんの顔があからさまに青ざめていく。
「そ、そんな……」
「……」
わたしは一言も発せずに、ただ聞く。
「貴様のせいだ。リンカーベル!!」
ジャックの親衛隊であるブドーの一人がわたしの胸ぐらをつかんでくる。
「やめなさい」
ネェちゃんが勢いよくわたしを守る。
「あんなに……」
ジャックの付き人であるハネルが口を開く。
「あんなに楽しそうなジャック様を、私は知りません」
ハネルの言葉にブドーも手が止まる。
「今までお通夜のようなジャック様を見てきたけど、ここに来て、リンカーベル様と話してそんな笑顔が絶えないジャック様を――」
ハネルは嬉し涙を浮かべながらジャックの手をとる。
「見た。もっと見ていたいと思った。私、ジャック様が笑いながら生きていくのを見たい。もっとずっと生きていて欲しい」
そのことにはわたしも賛成だ。
でも――。
「ジャック様が笑顔でいられるなら、寿命が縮んでもいいと思う」
ネェちゃんがそんなことを言い始める。
「何を!? 不敬な!」
ブドーはわたしから手を離し、今度はネェちゃんの肩をつかむ。
「わたくしには分かります」
ハネルも一緒に頷く。
「ハネルどの!」
ブドーは怒りの滲んだ顔でハネルを睨む。
「確かに、な」
今度は親衛隊の一人アクアがそう呟く。
「お前まで、何を!?」
ブドーだけが納得していない様子だ。
「ジャック様のために今もアッシュ様が戦っておられるのだぞ!! 一日でも長生きせねば、万能薬が……」
じわりと涙ぐむブドー。
「もう。無理をしないで、ブドー」
ハネルはそう言い、彼を抱きしめた。
「だって。そうしないと。ジャック様は……」
ブドーはワンワンと泣き出す。
彼の言うことも分かる。
でも、わたしはジャックが幸せに生きられるといいと思っている。
だから。
わたしは明日も彼を遊びに誘うだろう。
それでいいのだと、この頃のわたしはそう思っていた。
※※※
「ちっ」
あいつの薬はもっと強いものに変えるか。
これでやつの寿命は縮む。
いい金づるだった。
散々稼がせたものだ。
王族だと言うのが余計にうまくいった。
医者なら薬をたくさん売れる。
いやー。稼いだ。
あとはこの経歴をうまく利用し、男爵家などに売り出そう。
王子はどこも悪くないと言うのに。
ククク。
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