恋する惑星(作:四方田 萌)

(二階堂の、あまりにも冷徹で、そして皮肉に満ちた詩の解釈に、部室は静まり返っている)


一ノ瀬「……悲劇を、笑い声で締めくくる、ですって。玲、あなたのそのねじ曲げられた視点には、いつも驚かされるわ……」


四方田「はいっ! はいはーい! もう、暗くて怖い話はおしまいです! 最後は私、四方田萌が、このどんよりした空気を、キラキラのハッピーで満たしてみせますからね! 心して聞いてください!」


(四方田、自信満々にスマホを掲げ、うっとりとした表情で、その詩を朗読し始めた)


***


恋する惑星

作:四方田 萌


月が地球に 恋をした

地球も月に 恋をした

それから二人は ワルツを踊る

そして太陽が 指揮をとる


***


(四方田が読み終えると、先ほどまでの冷たい沈黙とはうって変わり、部室にはどこか穏やかで温かい空気が流れた)


一ノ瀬「まあ……。なんて愛らしくて、壮大な詩なのかしら。月と地球がお互いに恋をして、太陽の指揮のもとで永遠にワルツを踊り続ける……。まるで一つの美しい神話のようだわ。これまでの人の心の醜さや、虚無を描いた詩とは全く違う。そこにあるのは、ただ純粋な、調和に満ちた世界の姿。素晴らしいわ、四方田さん」


二階堂「……ふふ。科学的に言えば、月と地球の関係は、恋ではなく、ただの引力。その軌道は、ワルツではなく、ただの物理法則。そして、太陽は指揮者ではなく、ただの、巨大な核融合炉に過ぎないわ。……でも、不思議なことに、あなたの詩を読むと、そんな無味乾燥な事実さえもが、何だかとてもロマンチックなものに思えてくる。……悔しいけれど、これは論理を超えた物語の持つ力なのかもしれないわね」


三田村「……観測完了。月と地球という、二つの天体。太陽という、一つの恒星。その三者の関係性を、『恋』『ワルツ』『指揮』という、極めて情緒的な言葉で再定義している。これは、無機質な宇宙の法則に生命の隠喩を与えることで、冷たい物理現象を温かい物語へと昇華させる、高度な文学的技法です。……悪くないシミュレーションでした」


四方田「えへへ……! ありがとうございます! なんだか、みんなに褒められると、照れちゃいますね!」


(三人のそれぞれの好意的な感想に、四方田ははにかんだ。そして、少しだけ得意げに胸を張った)


四方田「私、思ったんです。悲しい話や、難しい話も、文学としては、すごく大事なのは分かります。でも、やっぱり、物語は読んでて幸せな気持ちになるのが、一番じゃないかなって。この詩は、最初の三行で、月が地球の周りをくるくる回っている、二人の小さな恋のダンスを描いたんです。でも、それだけだと、世界が二人だけで閉じちゃうかなって思って。だから、最後の四行目で、カメラをぐーっと引いて、実はその二人も、もっと大きな太陽の周りをくるくる回っていて、みんなで一緒に踊っていたんだよって。二人の恋が、もっと大きな宇宙全体の愛の一部だったら、もっと素敵でハッピーかなって! ただ、それだけを書きました!」


一ノ瀬「……そう。そうだったのね。あなたの、その真っ直ぐな想いが、この温かい詩を生んだのね。……ん? 待って、四方田さん」


(一ノ瀬が、ふと、何かに気づいたように、眉を寄せた)


一ノ瀬「あなたのこの詩……。一行目、二行目、四行目は、『七、五』のリズムになっているわ。でも、三行目だけが、『それから二人は ワルツを踊る』……。『七、七』のリズムになっている……! これは、一体……!」


四方田「え? あ、本当だ! ぜ、全然、気づきませんでした! ごめんなさい、間違えちゃいました!」


一ノ瀬「いいえ、違うわ、四方田さん! あなたは間違えたんじゃない! これは奇跡よ! 無意識の天才的なひらめきよ!」


(一ノ瀬の目が再び情熱の光を取り戻し、きらきらと輝き始めた)


一ノ瀬「考えてもみて! 『七、五』というリズムは、どこか安定していて、自己完結した響きがある。これは、月と地球が、それぞれ孤独に存在していた状態を表しているのよ! けれど、三行目! 二人が出会い、恋に落ち、共に『ワルツを踊る』、その瞬間だけリズムは、より流麗で滑らかな『七、七』へと変化する! 詩のリズムそのものが、二人のダンスの優雅なステップを完璧に表現しているじゃない! 詩の形式と内容が、ここで完全に一体化している! これこそ、日本語の四行詩における、一つの理想的な形式なのかもしれないわ!」


(興奮気味に、熱っぽく語り続ける部長の姿を、他の三人は、ただ呆気に取られて、しかし、どこか温かい目で見つめていた。二階堂と三田村は、やれやれと、でもどこか楽しげに顔を見合わせ、小さく笑みをこぼした)


---

議事録担当・書記代行(一ノ瀬)追記:

本日の活動は、誠に、誠に、有意義なものであった。四行という、あまりにも短い形式の中に、我々は、人生の悲哀を、世界の構造を、そして、宇宙の愛を見出した。特に、四方田さんの詩が、図らずも我々に示してくれた、七五調と七七調の融合という、新たなる詩的表現の可能性。これこそ、我々が目指すべき、新たなる文学の地平線なのかもしれない。ああ、文学の道はなんと奥深く、そして、喜びに満ちていることか! 我が文芸部の未来は、どこまでも明るい!

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文学少女カタストロフィ ~文学少女たちの暴走は議事録の上で今日も踊る~ あおやまさん @aoyama3

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