超人は魔法少女を嫌う

そりゃそうなるよ! って感じです。

他のオークション会場をスタンプラリーみたいに巡って、かつ誰も殺してないんです。

当然、『本命』にも私たちのことは伝わってるはずです。

逃げられるのは想定内……で、いいんですよね?


『想定外だな』


よくなかった様です。


『いや、想定内ではあるが、時間が良くない。さっきの部屋にあったパソコンにってのが届いていた』

「……ツマリ?」

「もうオークション始まって、終わった後。商品は今、輸送の最中か、あるいはだ」


……うーん、どうしましょう。


□ □ □


「お前が、落札者か?」


高層ビルの上で、二人の男が対峙していた。


黒いスーツを着た、威圧的な目つきの男。顔には痛々しい傷が刻まれており、強い威圧感を放っている。


男の名は『炎城』

ある裏組織の幹部である。


もう一人は不健康そうな隈をつけた、長身の男。

身長は炎城よりも高いが、炎城の問いに対してオドオドした態度しか取れていない。

明らかに気弱な男であった。


「い、いやぁ。そうというか、そうじゃないっていうかぁ」

「あ? どういう意味だ?」


一歩、二歩


男の言い分に思わず炎城が距離を詰めたところで


「あん?」


炎城は、ピタリと固まった様に足を止めた。その瞳には、明確な怒りが浮かんでいる。


「これは、どういうつもりだぁ?」

「あの……何がなんだか?」

「……いや、お前じゃねぇな。俺に殺気を飛ばしたのは、お前じゃあ、ない」


炎城は、じっくりと男を観察する。突き刺す様な鋭い視線が、男の体を移動し、一箇所で止まった。


「そこか? 


男の肩の上、ゴマ程度の小さな黒い点。

炎城は、直感する。

自分があと一歩近づいていれば、あの黒点にと。


「おい、無視すんなよ」


すぅ、と呼吸と共に炎城のスイッチが切り替わる。

交渉から戦闘へ、友好から敵対へ。

同時に、炎城は懐から一丁の拳銃を抜き放った。


「ひいい! お、俺は無関係だ! 命令されているんだコイツに!」


銃を向けられた男は自分の肩の黒点を指差し、叫ぶ。


「かひゅ」


その男の頭が、ビルの地面にめり込んだ。炎城からは、超速で膨張した黒点が男の頭部を踏み潰した様に見えた。


「……バレちゃったぜ。クズに指差されて、ついキレちゃった」


失敗失敗、と。黒点、もとい漆黒のゴシックロリータに身を包んだ魔法少女は呟きながら、ぐりぐりと男の頭を踏みつける。

男は力無くピクピクと体を痙攣させて気絶した。


「死ななかったか、頑丈な肉塊だな」


足を引き抜き、魔法少女は炎城に笑いかける。その手には小型のチェーンソーが握られていた。


「さてと、選手交代。今から私がお前の取引相手だ。私は魔法少女『ダムド』。以後よろしく」

「子供が、一丁前に大人の真似事か?」

「子供だって、欲しいものがあったらお金ぐらい用意するもんだろ」

「パパのお使いじゃねぇぞ」

「金ならある」

「どこに?」

「ここさ」


ダムドは、自らの胸をトントンと指先で軽く叩いた。


「魔法少女の身につけた物や服は、変身すると同時に消えて、変身を解くと出現する。君たちが苗を返してくれれば、勿論こちらも金を払うさ」

「論外」


炎城はその提案を切って捨てる。


「俺の前で変身を解く? そんな馬鹿な真似をするか? 第一、さっきお前は間違えなく俺を殺そうとした。俺の中での信頼条件は『俺に殺意を向けないこと』、それを破った時点で、お前は敵だ」

「……仕方ない、やっぱ奪うか」


同時に、炎城の背後で何がふわりと着地する。

拘束された少女を抱えて降り立ったのは魔法少女『パラメデス』。


「あん? わざわざ持ってきてくれたのか? 取引に応じるって事でいい?」

「いえ、これは商品を守るための行動です」


炎城の代わりにパラメデスが答える。パラメデスの役割は二つ。

取引時に商品を抱えて空を飛び、万が一取引相手が無理に商品を奪おうとすれば、そのまま商品ごと立ち去る。

ただし、相手が魔法少女であった場合。もしくは魔法少女の襲撃者が取引に手を出した場合。

空を飛ぶ魔法少女相手では炎城はなす術なく殺される上、パラメデスも商品を抱えて逃げる事は難しい。


ならば商品を囮に二人がかりで殺す。


場合によっては、商品を人質にとって殺す。

単騎で来たのであれば、優位を取れるとの考えだった。


「苗は生きてるんだよね」

「ぐっすり寝ておりますよ」

「太々しい娘だが、果たして友人が死んだと知ってその態度を崩さずにいられるかな」


殺し合いが、始まる。


□ □ □


俺が自分の異能に気づいたのは十歳の時だった。

姉は家を出て、父は仕事一辺倒、そして義母は、変わらず暴力を振い続けていた。

常位暴力的なのではなく、父が家に帰っている時や他人の前では『いい母親』を演じ、家でも基本的にはそのように振る舞う。ただ、二日に一度ほど発作の様に暴れ回り、十歳の俺に暴行を加えていた。


いつからか当たり前になっていた。その暴力に、俺にできることは嵐を耐える様に縮こまることと、ただ見ていることだけ。

俺はひたすらに義母を見つめ続け、その動きを理解し、予想した。


蹴りが来るのか、平手が来るのか、モノを投げてくるのか。

振るわれる先は腹か、足か、背中か。


後者の予想は簡単だった。義母は周りに、特に父に嫌われることを恐れて、見えるところに怪我を作ろうとはしなかったからだ。


俺はいつからか、義母が俺に向かってきただけで何をされるかわかるようになっていた。


かといって受け止めたり避けたりはしない。そんなことをすればより苛烈さを増すだけだ。ただ、できる限りダメージを減らすため、重いものならできるだけ広い面積で、尖っているものはできるだけ先端を避けて受けるようになった。


誰かに教えてもらった訳ではなく、痛みを避けようとする本能が最適な動きを教えてくれた。


そんな日常が数年に渡り続き、義母は遂に一線を越えた。


その日、最初は『発作』を起こしていない、いつもの義母だと錯覚した。普通に朝ごはんを用意してくれて、普通にお弁当を持たせてくれて、普通に『おかえり』を言ってくれて、普通に息子を殺そうとした。


晩御飯の時間に、唐突に感じた殺気。

いつものように肌で感じ取ったその異常は、いつも以上に濃密な殺意。

いつものように咄嗟に身構えるも、何かが飛んでくる気配はない。義母は上機嫌に夕飯の支度をしていた。『発作』を起こしているようにはとても見えない。なのに、俺の本能は身に迫る危険を訴え続けていた。


正体不明の恐怖が、俺の心を支配する。


『確実に、このままでは死ぬ』


俺の中でそう直感が語りかけてくる。


「死に、たくない」


ポツリと、自分でも聞こえないほど小さく、つぶやいた。


死にたくない。


いや、、殺されたくない。


俺の人生を、これ以上


恐怖は、怒りに変わる。その瞬間、俺の才能は開花した。

義母が向ける殺意が、俺に向かっていることを完璧に知覚する。

今まで、何となくで知覚していた殺意がどこから出て、どこを経由して俺に届くのか、はっきりとわかる。第六感が完全に開放され、ある種の万能感さえある。


義母から放たれる殺気は、ある一点に濃縮されている。

テーブルの上、俺の席に夕飯と共に並べられたガラスコップの水。


俺は母の隙をついて、自分のコップと義母のコップを入れ替えた。


結果としてその日が、義母の命日となった。


義母が何故、俺を殺そうとしたのか。

後から思えば、俺との生活が苦になっていたのだろう。

俺にとってあの女はどこまでいっても母だった。

その態度が気に入らなかったのだろう。

思えば、最初は歩み寄ろうとしたのは間違いない。数年に渡る拒絶が彼女の心を締め続け、あのような発作を引き起こしていたのだろう。


結果として彼女の死は自殺ということになった。自分が用意した毒を自分で用意して死んだのだから、自殺と言えば自殺である。


俺はこの時、初めて気がついた。


「あれ? 俺って最強なんじゃね?」


今まで、家族やら何やらに縛られていたことが馬鹿らしいほどの全能感。

誰も俺を殺せないし、害せない。俺は自分の能力を過信し、喧嘩する日々を送った。

最初の方は普通に負けて、挫折した。相手の害意が分かっても体がついてこなければ避けられない。

だが逆に体を少し鍛えただけで、簡単に勝つ事もできた。避けられない攻撃は、義母に攻撃される時に使っていた、必要最低限のダメージで済ます技術も役に立った。


そんな無敵に頼って、悪ぶって、無双して、挫折して、やばい組織にも手を出して、殺されかけて、抜け出して、彷徨って、喧嘩して、拾われて


いつしか俺は、後戻りできないところに立っていた。

そうして裏組織の一員となった俺は、魔法少女が嫌いだった。


自分はこんなに苦労して痛みに耐え続けて能力と地位を手にしたのに、あの少女たちはで、能力と社会的な地位を得ている。とても、とても気に入らなくて、許せない。

だからいつか、仕事の内容によっては


殺してやろうと思っていた


□ □ □


「! お前、どういう避け方してんだ」


絶対に当たると確信したはずのチェンソーが、空を斬る。

未来を見ているかのように正確に紙一重で炎城はダムドの攻撃を回避していた。


『墓場』幹部 炎城


あらゆる悪意、敵意、害意の発生源を探知し、それがどこに向けられたものかまでも瞬時に理解する『負の感情探知』を持つ男である。


生半な攻撃は、彼には通らない。

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