堕ちた愛と、正義の檻

つきのラボ

第1話 愛と正義は堕ちる

──こんなにも、薄汚い正義だったなんて。


俺は……これから、何を信じていけばいいんだ。


⸻ 一ヶ月前


「光よ、癒せ──」


(淡い魔法の光が少女を包む。赤髪が月光に揺れ、白い肌には焦げ跡と血が滲んでいる)


「おい、大丈夫か!?」


「……っ、あなたは……?」


「俺が来たから、もう大丈夫だ。立てるか?」


(黒髪の短髪、鋭くもまっすぐな瞳。男はその手を差し出す)


「……助かったわ。私は、アルべリス」


「アルべリスか。……よかった、間に合ったな。もう少し遅ければ……」


「ほんとに、命拾いしたわ」


「俺はグラウブ。しばらく、うちに泊まっていくか?」


──その時だった。

「……ああ、この人なのね」

(それは、恋に落ちた瞬間の呟きではなかった。──それは、愛でもあり、運命でもあった。

 そして、やがてすべてを壊す選択の始まりでもあった)


「で、あんな場所で何してたんだ? 死にかけてただろ」


「……婚約を断ったの。そしたら、追われて逃げて……。殺されかけたのよ」


「……そうか。よし、しばらくはここで療養していけ。俺の魔法なら、癒せる」


(柔らかく笑いかける)


「俺の魔法は、“正しい”と信じた時にしか使えない。お前に使えたのは……そういうことだ」


(ふと、アルベリスの表情が曇る)


──その夜、私は未来を見た。


グラウブが“殺される”という、血のような真紅の文字が目の前に浮かんだ。

殺す者の姿は見えなかった。でも、私は知っていた。


──私がいるせいだ。


⸻ それから数日後


(夜の森。足音、荒い息)


「くっ……また来てる……」


(赤髪の少女が駆ける。息を乱し、肩を切り裂かれた白い服が風に舞う)


「やっと見つけたぞ、アルベリス」


(黒装束の男が木々の影から現れる)


アルベリス

「……っ、どうして……なぜ、追ってくるの……!?」


黒装束

「逃げたからだよ。君は俺と婚約する運命だった。それを壊した。なら、壊されるのは当然だ」


(炎が集まり、掌で膨らんでいく──黒い、獄炎魔法)


「さあ──死ね」


(その瞬間、木の影から飛び出す影)


グラウブ

「てめぇ……アルベリスに、何してやがる!!」


黒装束

「……ああ、君か。やっと出てきてくれたな、グラウブ」


(黒装束が振り返り、ゆっくりと──微笑む)


「……会えて嬉しいよ。君のことも、殺したかったんだ」


グラウブ

「……は?」


(グラウブ、眉をひそめる。──そんなはずがない。初対面のはずだ)


「誰だ、お前は……!」


(炎、爆ぜる──グラウブが剣を構え、炎をはじき返す)


「アルベリス! 走れ!!」


「で、でも……!」


「いいから行け! あいつは、俺がなんとかする!」



⸻ それから一ヶ月後


(炎上する草地。悲鳴。焼けた空気が肌を刺す)


「……逃げるな、アルベリス。もう何度も逃げただろ?」


「やめて……お願い……」


(赤髪が焦げ、白い肌に再び炎の傷。地面に這いつくばった少女に、黒装束が迫る)


「お前は……俺のものだった。それを壊した。だから、君ごと焼くしかないんだ」


──その時だった。


「いい加減にしろよ、てめぇ……!」


(グラウブが、焼け焦げた地に駆けつける。剣を抜き、怒気を孕んだ目で睨みつける)


「また、お前か……。相変わらず、邪魔ばかりしてくれる」


「こっちのセリフだ!!」


(剣と魔法が激突──黒炎が辺りを焦がし、刃が閃光を描く)


「──アルベリスは、もう十分傷ついたんだ!!」


(黒装束の胸に──剣が深く、突き立つ)



⸻ 勝利の代償


(黒装束が崩れ落ちる。獄炎魔法が暴走し、グラウブの身体も炎に呑まれていく)


「……クソっ、体が……ッ!!」


(朦朧とする意識の中、アルベリスに手を伸ばす)


「アルベリス……っ……助ける……っ、絶対に……」


(必死に魔力を集中──)


「光よ、癒せ……!」


(淡い光が彼女を包む。……が)


「……なんで、だ……!? なんで治らねぇ……!?」


(治癒魔法が弾かれる。まるで、拒まれているかのように)


「こんな時に……っ、俺の魔法が届かねぇなんて……!」


(血を吐き、炎に焼かれながら、手を伸ばし続ける)


「頼む……せめて、お前だけでも……!」

(震える手が、血と炎にまみれながら伸びる)


──その時だった。


アルベリスが、かすかに笑った。


焼け焦げた唇がゆっくりと歪み、

瞳はどこか遠くを見つめていた。


(……なんだ、その顔は──)


グラウブの胸に、不穏な違和感が走る。


それは、まるで仮面のようだった。

狂気と諦念と、何かを悟ったような……人の表情ではなかった。


(なんで、お前が……そんな顔を──)


「……よかった。最後があなたで……」


(かすれた声が、煙にかき消えていく)


ナレーション


──その手は、届かなかった。

正義は届かず、愛も守れず、

彼は──ただ、焼け落ちていく。


だが、


それでも──


彼は、願った。


「もう一度、やり直させてくれ……」



次回予告、第ニ話『破滅の生還』


死んだはずの彼は、再び目を覚ます。

理想も正義も失った世界で──

それでもなお「信じたい」と願う者が、もう一度、世界と向き合う物語が始まる。

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