鍋の中にある正解

冷え込み始めた夕方、石橋家のキッチンには、二種類の出汁の香りが立ち上っていた。


片方の鍋は、人工松茸からとった芳香な吸い物ベース。

もう片方は、松茸風しめじのうま味を含んだ昆布出汁。


「今日はね、“ハーフ&ハーフ鍋”にしてみたの」


母・佳奈が鍋のふたを外すと、湯気がふわりとリビングへ広がる。

その中に、確かにあの「秋の香り」があった——春なのに、違和感はなかった。


「右半分は松茸寄り、左はしめじ寄り。どっちも試せるよ」


父・誠一は小皿に肉を落としながら笑った。


「もう“どっちが正解”とかどうでもよくなってきたな。

 うまいなら、正解なんだよ。な?」


「え、私は前からそう思ってたけど」


長女・優子があっさり言う。


「TikTokでも、“混ぜ派”が最近主流だよ。“使い分けが映える”って言われてる」


「じゃあ、あたしはご飯係〜!」

 純が立ち上がり、台所から“松茸風しめじご飯”をよそう。

 ふっくら炊けた米の間から、しめじがほのかに顔をのぞかせる。



その夜、料理研究家・香坂環の新しい動画がアップされた。


タイトルは「二種きのこ鍋で、秋を味わい尽くす」。

彼女はこう語っていた。


「香りの議論は、とても大切でした。

 でも、食卓には“答え”より“会話”が必要なんです。

 だから私は、二つの香りを一つの鍋に入れることにしました。

 香りは、分け合えるんです」


レシピ動画は爆発的に拡散され、コメント欄にはこんな声が並んだ。


「松茸風しめじ、偏見あったけど使ってみたら最高だった」

「人工松茸の吸い物、すごく贅沢な気分になった」

「どっちも正しい。料理って、そういうもんだよね」



テレビでは、注連竹上太郎と松武雄が再度対談する特番が放送された。


竹富キャスターがあくまで対立構造を演出しようとするも、

二人はすでに穏やかに共通言語を得ていた。


「香りは、文化でもあり技術でもあり、なにより“記憶”ですね」

「人は、香りとともに人生を記録してるんです。

 なら、再現できることは——未来の記憶づくりでもある」


その対話を見ながら、朽木舜三は原稿を綴っていた。

新聞の文化欄に載せる短い随筆。その結びは、こうだった。


「秋の香りが春に届くことを、私は最初拒んでいた。

 だが今、私は鍋の中でその香りを受け入れた。

 季節をずらしても、思い出は滲んでいく。

 香りは、誰かと分かち合ったとき——正解になる」



春の終わり、都内のある小学校では“香りの授業”が行われていた。

純たち五年生は、人工松茸・しめじ・松茸風しめじの香りを一つずつ嗅ぎ、

「どれをいつ、誰と食べたいか」を作文にまとめた。


純はこう書いた。


「秋にしめじを食べて、お母さんが“これでいいじゃん”って笑ったとき、

 なんか“いい匂い”がした気がした。

 僕は、あのときの匂いがいちばん好きです」



議論は終わらなかった。

それでも、香りを分け合う方法は、もう見つけられた。


それは、炊き込みご飯の湯気だったり、鍋のスープだったり、

あるいは「美味しいね」と誰かと笑う、その瞬間の空気の中に——



鍋の中にある正解とは、

正解を一つに決めないことだったのかもしれない。


そしてそれこそが、

香りと共に生きる社会の、小さなはじまりだった。

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