香りのほうへ歩く
「今夜の特別企画、“香り対決・最終章”! ついに、あの二人がスタジオで対面!」
報道エンタメ番組『NステーションGOLD』。
巨大モニターには、例によって大書された文字が躍る。
松 武雄 vs 注連竹 上太郎
——香りの覇権を巡る、最終討論!
司会の竹富哲朗は、あくまで興奮気味に声を張る。
「長らく続いた“香り戦争”。
松茸を人工で再現した男と、しめじに松茸の香りを宿らせた男——
今日はこの場で、直接言葉を交わしていただきます!」
だが、スタジオに入った二人は、拍子抜けするほど穏やかだった。
松は白衣ではなく、淡いグレーのスーツ姿。
注連竹はジャケットの代わりに、藍色の作務衣風シャツ。
握手すら自然だった。
「いやあ、先生の培養過程、論文で読みました。すごかったですね」
「いやいや、香り成分の発現制御こそ、工学の美しさですよ」
司会席が軽くざわつく。
竹富がなんとか流れを軌道に戻そうとする。
「では、あえて聞きます。
“どちらの香りが本物か”——まだ決着はついていないのでは?」
松が静かに答える。
「本物、ですか……そうですね。
ただ、私は最近思うんです。香りは“記憶に重なる音”のようなものだと」
注連竹が頷く。
「そうそう。香りは“人の中にある風景”を鳴らすスイッチなんですよね。
だから正解なんて、そもそも一つじゃない」
「違いを論じることは、科学者として楽しいです。
でもそれは“敵対”ではなく、“解像度を上げる作業”なんですよ」
スタジオが一瞬静まった。
視聴者投票用のQRコードが表示されるはずだった演出も、控えられた。
竹富が食い気味に入る。
「でも、それじゃ番組的には“勝負”にならないじゃないですか?」
その言葉に、注連竹がにやりと笑った。
「じゃあ勝負しましょうか——鍋で」
「……鍋?」
「はい、“鍋の中で正解を見つける”って、そういうテーマどうです?」
松も笑った。
「うちの松茸は吸い物で本領発揮しますが、
鍋だと、しめじの出汁と混じって、香りが膨らむんですよ。
最近ね、“混ぜて使う”レシピ、案外良くて」
「うちも。香りで“本物感”を演出して、味はしめじのうま味に任せる。
そういう“分業制”が、結果的に一番おいしいっていう」
テレビのカメラが、カットのタイミングを失っていた。
竹富はやや困った顔をしながらまとめにかかる。
「つまり、お二人とも……もう“対立の時代は終わった”と?」
松と注連竹は、ほぼ同時に言った。
「終わったんじゃない。融け合ったんです」
その夜、SNSでは「#香り和解」「#鍋で正解」「#混ぜてこそ」がトレンド入り。
石橋家でも、ニュースを見ながらこんな会話があった。
「お父さん、“混ぜる”って、いいね。
前はどっちかに決めなきゃって思ってたけど……うちのカレーだって、きのこ二種入ってるじゃん」
「確かに。“正解”より“相性”って発想、いいな」
翌週、料理研究家・香坂環が新レシピ動画を公開した。
「松茸風しめじの炊き込みご飯」×「人工松茸の吸い物」
名付けて——“二つの秋ごはん”
動画の最後、彼女はこう締めくくる。
「香りは“対立”じゃない。
“共有できる記憶”を、料理という形にすること。
それが、いちばん素敵な使い方だと思います」
スタジオの裏。
帰り際、松と注連竹が小さく笑って握手を交わす。
「また秋に、鍋しましょうか」
「ええ、その時は、ぜひ天然もご一緒に」
香りは、争いではなく、調和の入口に変わっていた。
それに気づかぬまま、テレビだけが、
今日も“勝者と敗者”を探し続けていた。
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