【第五十四章】 沈黙のスピーカー

 「……それで? 俺が“何をした”と?」

 篠宮は静かに口元を歪め、いぶきを見つめた。その声音には、焦りも怒りもなかった。ただ、揺るぎない自信と、僅かな嘲笑が滲んでいた。

 「君が挙げたのは“状況証拠”ばかりだ。オルガンの構造、チャイムのタイミング、アリバイ工作、殺害方法。どれも論理としては面白いけど、肝心なのは“俺がやった”という証拠じゃないのか?」

 鋭い言葉だった。いぶきは、一瞬、返答に詰まったように見えた。

 だが次の瞬間、瞳にゆっくりと火が灯る。

 「あるよ、一つだけ……残ってる可能性が」

 「……ほう?」

 いぶきは立ち上がり、講堂の奥に置かれたオルガンへと歩を進めた。その足取りはゆっくりと、だが迷いはなかった。

 「この中には、まだ残っているはずなんだ。Bluetoothスピーカーが。ルカさんが殺されたとき、仕組まれていたそれが――まだ、オルガンの中に仕掛けられたままなら」

 篠宮の目がわずかに揺れた。

 「でもそれが何だっていうんだ? 俺が仕掛けたって証拠になるわけじゃない」

 「確かに、ただのスピーカーならね。でも、Bluetoothって双方向通信なんだよ」

 篠宮は無言で唇を噛んだ。

 「もし、そのスピーカーが今も“接続先”を記憶していたら――その“最後“の接続履歴に、あなたのスマートフォンのMACアドレスが残っているかもしれない」

 空気が、凍った。


 「今、接続しなくてもいい。履歴さえ残っていれば、それを突き止められる。あなたがそのスピーカーと一度でも接続していたなら――しかも、それが“最後の一人”だったとしたら、それはもう“逃れようのない証拠”になるんだ」


 篠宮の表情が、明確に変わった。

 わずかに引き攣る口元。歯の奥で舌打ちを飲み込むような動き。

 それは犯行を認めたも同義だった。

 「篠宮さん……」

 いぶきはゆっくり問いかける。

 「動機は何?」

 すぐに応えは、なかった。

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