【第二十三章】 遠呂の呪罪
校舎の裏庭に設けられた出店通りは、昼過ぎを迎えて人で溢れていた。呼び込みの声、鉄板の焼ける音、どこかの軽音楽部が演奏するみょうなリズム――それらが混じり合って、祭りと呼ぶにはどこか歪んだ空気が流れていた。
「たこ焼き、あとひとつ食べる?」
ミユが紙皿を差し出す。いぶきは首を横に振った。
「もう十分。お腹はいいけど、見て回るのはまだできそう」
「じゃあ、アート部の展示行こうよ。旧校舎の――あっ、危ない!」
ミユが声を上げた先で、ひとりの生徒が出店の隅にぶつかりそうになり、手にしていたスマートフォンを落とした。軽い音と共にスマホが地面を滑り、いぶきの足元で止まった。
いぶきがそれを拾い上げたとき、画面はまだ消えていなかった。ロックは解除されたまま、いくつかのアプリのアイコンが並んでいた。 ――その中に、見慣れない犬のシルエットがあった。
直感的に、それが「犬笛アプリ」であることが分かった。
用途は簡単だ。人の耳には聞こえない高周波の音を発し、犬を訓練したり、呼び寄せたりする。
持ち主の方を見ると、微笑んだ顔を向けたのは、御影アヤメだった。
「これ…落としましたよ」
いぶきが差し出すと、アヤメは一瞬、目を見開いた。
いつものように感情の色を深く沈めていたが、わずかに揺れた。
「ありがとう…ごめんなさい、気をつけてたつもりなんだけど」
スマホを受け取る手が、少しだけ振るえているように見えた。
「犬、飼ってるんですか?」
アヤメは一拍置いた。目を下げ、まつ毛の影が頑に落ちる。
「…いえ。飼ってないわ」
それだけを答え、アヤメはそのまま人混みに消えた。
いぶきはその背中を視線で追いながら、警戒なのか、興味なのか、自分でも判断はつかないまま――だだそのごく短い出来事が、祭の騒ぎの中でも、はっきりと記憶に残っていた。
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