魔術師攻略戦線。
もじ
第1話
ジメジメした梅雨真っ只中、うちのクラスに転校生がやってきた。
女子たちはイケメンだと大騒ぎし、男連中はつまらなさそうにそっぽを向く。そんなことはお構いなしに転校生は自己紹介を始める。
「HAHAHA!我の名はスウェイン=バックスボーイ。母国では乗馬を嗜んでいてね、ここには厩舎はあるかい?」
(はあ?乗馬?金持かよ……)
(厩舎?んなもん船橋にしかねーよ)
「他にもチェスは得意だな、挑戦したい者はいないかい?」
(けっ!西洋被れが……)
(抹殺確定!)
転校生、スウェインの浮世離れした自己紹介と男子からの邪念を横目に、俺はせっせと内職に勤しむ。
(えーと、問い3はwasっと……)
宿題はしないが写して提出は欠かさないという中途半端な俺の名前は伊古(いこ)ぴこ、変な名前だけど父さん母さんが付けてくれたんだ、文句は言えない。
「さて、皆我にたいそう興味が湧いたことだと思う。おっとそうだ、大事なことを言い忘れていたな……」
(おい!おい!!)
(えっ、何?)
急に後ろの不良から声が掛かり振り向く。どうせろくなことじゃないだろうけど……無視すると後が怖いし。
(空席お前の隣だけだな、これ敷いとけ……)
(それって……)
不良1が美術で作って担当をキレさせた伝説のアイテム……糞漏らしクッション。木目に装飾されたビニールのカバーの中には茶色やら黄色やらを混ぜたものが仕込まれていて、座ったが最後尻が大変なことになるという……。
製作から一月、ついに使われるのか。
それを受け取りせっせと仕込みをしていた俺は、その一言を聞き逃してしまった。
「我、実は魔術師なのだ。逆らう者には容赦しない。ま、事実無駄である」
(出来たぞ)
(乙!)
地味な作業を終え、不良1から労われた俺の隣に……目論見通りスウェインがやって来る。黄色い声援を送る女子、これから起こる事態を予見し不敵に笑う不良グループ。
そして、その時。
「成敗」
「は?」
彼は俺に向き直りそう発してから、席に着いた。
(あれ……?)
ある違和感を覚えた俺は咄嗟に股間を抑えた。
「ふん……」
スウェインはこちらを鋭く睨み付けているが、俺はそれどころではない。さらに後ろの不良から頭を殴られ、慌てて振り向く。
(な、何だよ?言うこと聞いたろ?)
(ばっきゃろう!あいつの尻どうもなってねーだろ!)
は……?
そんな馬鹿な、俺は確かに!
「忠告したはずだ、我に逆らっても無駄だとな」
スウェインの座る椅子から例のブツはなくなっている。そして違和感の正体、それはもう一つなくなっていること。
「あ、あああ……」
な、無い。俺の……あれが。
スウェインはニヤリと表情を緩ませた。
「これからは反省してお淑やかに生きるのだな。魔術師である我に牙を向いたことを」
は?
魔術師?
1限目が終わり、俺は慌ててトイレへと駆け込んだ。そして……衝撃を受ける。
「ままま、まじかよ……」
今朝まで確かに付いていた俺のあれは姿を消していて、僅かながらの草原が残るだけであった。
がっくり肩を落として個室から出た俺は、鏡に映る自分の姿をぼんやり見つめた。
(外見は……あんまり変わってないのな)
若干体が丸くなってる気はするけど別に髪が伸びるでもなく、胸も対して膨らんではいない。どうせならとびっきりの巨乳美人にしてくれよ……諦めもつくだろうに。
「はあああ……俺どうやって生きていけばいいんだ」
ほんの少し女っぽくなった声にさらに打ちのめされた俺は、抜け殻のように教室に戻った。
4限目の間、俺はずっとこれからのことを考えていた。というか、実際にはどうやれば元の男に戻れるかという話で、結論は一つしかない。
(許してくれっかなあ……)
魔術師云々の信憑性はともかく、事実俺は女にされたわけで……そういう力がスウェインにあるのは間違いない。となれば奴の怒りを沈めれば元に戻してもらえるのではないか?それ以外の手なんて浮かぶわけないし……。
(よし!)
チャイムと同時に、俺はスウェインに向き直った。
「あのお、よろしいでしょうか?」
「何だ?我はこれから女子たちとランチタイムなのだ。手短に頼む」
くそう、確かに女子連中がんなこと騒いでたな……ビッチ共が。しかし引くわけにはいかんし。
俺は自らを指差し猛アピールした。
「……何の真似だ?」
「えへへ。女子、女子……ここにも、女子」
一瞬たじろいだスウェインであったが、すぐに席を立った。必死にその後ろ姿に手を伸ばす。
「な、何故ええ!?」
「ふん、我はスカートも履かん男女になど興味はない。出直せ」
スウェインはそのままハーレムを引き連れて教室を去った。残された俺はがっくりと崩れる。
(く、くそう……何だこの敗北感。というかオシャレしないと話も聞いてもらえないとは……)
「どうした、ぴこ。飯行こうぜ」
「……ああ」
俺はいつも宿題を写させてくれるボーナスキャラ、公営(こうえい)浪漫(ろまん)に拾われ学食へと向かった。
「聞いてくれよ。俺、スウェインの野郎に女にされちまったんだわ」
「ええええええ!?」
特に迷いもせず、俺は浪漫にそのことを打ち明けた。とはいえ、流石に信じられないといった顔をしている。まあ当然だし、別に信じてもらう必要もない。ようは俺が明日から繰り広げなければならない奇行の理由を前持って話してるだけだ。
「というわけだ。明日からはドレスで通うかもしれん、うち制服ないしな」
「いやいやいや!女云々は置いといて!何でいきなりガチなの?もてたいの?俺らに」
ガクガク震えている浪漫の頬をぺちりと弱く平手打つ。
「!?」
「馬鹿言うな、お前らのためじゃねーし。あれだよ、スウェインに気に入られないと話も出来ないんだぜ?話出来なきゃ男に戻してもらえねーべ?」
「……」
ストローでジュースを飲む俺を、浪漫は虚ろな目で見つめた。
「んだ?」
「……今の少し萌えた」
……変態め。
とはいえ、俺も明日からは立派な変態になる。仲間だ仲間。
「んなわけで、俺はこれからパンツやらドレスを買いに行く。適当に早退の理由話してくれや」
「それは構わんが……ご褒美、くれよ」
ご褒美?何それ?
「……土産でも買って来いって?」
「……
やらして?」
変態め!
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