第5話 映画の中の秘密


 そして、土曜日。


 待ち合わせは、駅前のロータリー。人が行き交う中に、彼女はいた。

 制服じゃない白河紬は、少し大人びて見えた。淡いベージュのワンピースに、紺のカーディガン。派手すぎないけれど、どこか“整いすぎて”いて、やっぱり目立っていた。


 「……よ」


 声をかけたら、彼女がぱっと振り返る。

 そして、少しだけ、嬉しそうに笑った。


 「来てくれて、ありがとう。ちゃんと、来てくれたんだね」


 「そりゃ、約束したし」


 「……うん。なんか、そう言ってくれるの、ちょっと嬉しい」


 ぎこちない空気。でも、それが不快ではなかった。

 むしろ、その“ぎこちなさ”こそが、白河紬という完璧な存在に、少しだけ人間味を与えていた。


 映画は、予想以上に静かで重たい話だった。

 原作で読んだ時よりも、人間関係の闇や感情の細やかさが強調されていた。


 ラストシーン、時計塔の影に沈む主人公の独白。

 それは、遼の心にも静かに沈み込んだ。


 ……何かを隠している人間には、光がまぶしすぎる。


 その言葉が、妙に彼女と重なった。


 映画館を出ると、日は少し傾いていた。

 遼は言葉を探しながら歩いていた。

 すると、隣で紬が、ぽつりと呟いた。


 「……原作より、主人公が弱く描かれてたね」


 「そうだな。でも、なんか……その弱さが、逆にリアルだった気がする」


 彼女は、少しだけ目を細めて、前を見た。


 「ねえ、佐原くん。もし、私が……あの主人公みたいに、何か隠してたら、どうする?」


 不意を突かれた。

 冗談のように聞こえた。でも、その横顔は真剣だった。


 「……それでも、一緒に映画くらいは行くよ」


 そう答えたとき、紬は驚いたように目を見開き――次の瞬間、ふっと笑った。


 「ふふっ……じゃあ、今度も私が誘うね」


 そう言って彼女は、すっと前を向いたまま歩いていく。


 遼は、その後ろ姿を見ながら、ふと心の中で思った。


 ――白河紬は、やっぱり“危険人物”だ。


 でも。


 それでも、もう少しだけ関わってみたいと思ってしまった自分が――たまらなく、情けなくて。

 それ以上に、少しだけ、嬉しかった。


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