ゆびきりブラックリスト ~願いを叶える少女~

ソコニ

第1話『消えたい私と消せないリスト』



月光が校舎の窓に冷たく反射していた。


美咲は屋上のフェンスにもたれかかり、スマホの画面を見つめていた。通知が止まらない。コメント欄は罵詈雑言で埋め尽くされ、リポストの数字が悪意とともに膨れ上がっていく。


「死ね」「消えろ」「存在が害悪」


たった一枚の写真。クラスメイトとの何気ない集合写真に写り込んだ、人気インフルエンサーの彼氏。それだけで、美咲は「略奪女」として拡散され、炎上の渦に巻き込まれた。真実なんて誰も求めていない。ただ叩ける相手が欲しいだけ。


「消えたい……」


美咲がつぶやいた瞬間、背後で扉が開いた。


「あら、素敵な願いね」


振り返ると、そこには見覚えのない少女が立っていた。黒髪を赤いリボンで結び、古めかしい制服を着ている。月光を浴びた彼女の顔は、不思議なほど無表情だった。


「誰?」


「ゆびきり屋よ。願いを叶えてあげる」


少女は漆黒のノートを開いた。ページには無数の名前がびっしりと書き込まれている。


「本当に消えたいの?」


美咲は震える手でスマホを握りしめた。画面には新たな誹謗中傷が次々と流れ込んでくる。学校にも居場所はない。家族にも迷惑をかけている。


「消えたい。私の存在を、全部」


ゆびきり屋は薄く微笑んだ。哀しみを帯びた、それでいて冷たい笑顔だった。


「いいわ。じゃあ、約束しましょう」


少女は小指を差し出した。


「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます」


美咲も震えながら小指を絡めた。指と指が触れ合った瞬間、冷たい電流のようなものが全身を駆け抜けた。


「指きった」


ゆびきり屋がささやいた瞬間、世界が歪んだ。


---


美咲は自分の部屋で目を覚ました。スマホを確認すると、あれほど溢れていた通知が一つもない。SNSを開いても、自分のアカウントが見つからない。いや、それどころか──


「お母さん?」


階下に降りると、母親がいつも通り朝食の準備をしていた。


「お母さん、私──」


母親は美咲を通り過ぎた。まるでそこに誰もいないかのように。


「お母さん!」


声を張り上げても、触れようとしても、母親は何の反応も示さない。美咲は透明人間になったわけではない。ただ、誰の認識からも"存在しないこと"になっただけだ。


学校に行っても同じだった。


親友だった香織は、美咲の席だった場所に別の生徒が座っているのを当然のように受け入れていた。担任の出席簿に美咲の名前はない。まるで最初から存在しなかったかのように、世界は美咲抜きで完璧に回っていた。


「これが……望んだことなの?」


美咲は校舎の廊下を彷徨った。誰も彼女を見ない。声も届かない。でも、美咲自身は確かにここにいる。腹も減るし、涙も出る。


屋上に戻ると、ゆびきり屋が待っていた。


「どう? 願いは叶ったでしょう?」


「こんなの聞いてない!」


「あら、あなたは『存在を消して』と言ったわ。消えたじゃない。みんなの記憶から、記録から、認識から」


ゆびきり屋は漆黒のノートを開いた。最新のページに、美咲の名前が赤い文字で刻まれている。


「でも、あなた自身は消えていない。それが一番残酷でしょう?」


美咲は膝から崩れ落ちた。


「戻して……お願い、戻して!」


「ゆびきりは、破れないのよ」


ゆびきり屋は美咲の小指を見つめた。そこには赤い糸の跡がくっきりと残っている。


「これからあなたは、誰にも見えず、聞こえず、触れられず、それでも確かに存在し続ける。飢えも渇きも感じながら、誰にも助けを求められない。死ぬこともできない。なぜなら、もうあなたは"いないこと"になっているから」


美咲は泣き叫んだ。でも、その声は誰にも届かない。


ゆびきり屋は立ち去る前に、最後にこう言った。


「SNSで消えたがっていたあなた。本当に消えるって、こういうことよ。誰からも忘れられ、でも自分だけは自分を忘れられない。これが、究極の孤独」


月光が美咲を照らしていた。存在しないはずの少女を、月だけが見つめている。


ゆびきり屋は階段を降りながら、ノートに新たな一文を書き加えた。


「こうして、今日も名前が増えました。ブラックリストに」


美咲は屋上で一人、透明な涙を流し続けた。もう誰も彼女を炎上させることはない。なぜなら、彼女はもう、誰の目にも映らないのだから。


それでも美咲は存在する。永遠に、誰にも認識されないまま。


小指の赤い跡だけが、かつて誰かと約束を交わした証として、消えることなく残り続けた。

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