第3話 真夜中の出会いと別れ


「何?」


 突然掴まれた腕を見ながら答える男。


「いや、もしかして、帰る場所ないの?」

「そこで見つけてくるよ」


 当然のようにそう言う男は後ろのロードサイドの店を指差す。


「いや、あれバーだよ?」

「だから?」

「見つけてくるって、ワンナイトの相手を?」

「ワンナイトかどうかは相手次第」

「知らない誰かの家に転がり込むってこと?」

「友達になるんだ。そしたら招待してくれる。転がり込むんじゃない」

「同じことでしょ?」

「全然違う。ここまで乗せてくれてありがとう。おやすみ」


 男は車のドアを閉めて店へと入っていった。


 女は車をゆっくりと発進させる。

 家までもう少しだ。

 だが、家までの道のりが長く感じた。

 ちょうど、先ほど男が選曲していた曲が終わる。

 同じPOPSの曲なのに全く違う雰囲気になった車内。

 魔法から覚めたように一気に現実に引き戻される。

 先ほどまで横にいた男が、幻だったような気がしてきた。

 車を停めてハンドルに両腕を置いて悩む女。


「いく場所、ないのかな…」


 独り言を呟く。

 先ほどまでは必ず横から言葉が返ってきていた。

 今は車のオーディオから流れる音楽しか聞こえない。

 やけに楽しげだが無機質な音に聞こえる。


 バックミラー越しには先ほど男が入って行った店が見える。

 遠くて小さい。周りには似たようなお店が溢れている。

 だが、不思議とすぐにあの店に目がいく。


 女はそのまま道でUターンをしてあのお店の駐車場に車を停めた。

 お団子にしていた髪の毛を解いて手櫛で解かし、バッグに入っているリップをサンバイザーについてるミラーを見ながら塗る。

 上まで閉まっているワイシャツのボタンを一つ外して、気合を入れるかのように息を吐いて車を出た。


 お店のドアを開くと喧騒が一気に広がる。

 いわゆる庶民のお店。

 大衆酒場というバー。

 女は酔ってフラフラな人たちを避けながら、先ほどの男を探す。

 だが、どこにも見当たらない。


 男は2階席から女が入ってくるのを見ていた。

 ある女性とお酒を飲みながら。

 もちろん、さっき知り合ったばかりの女性。

 女性の左手薬指にはゴールドの指輪が輝いている。

 そんなことを一切気にしないとでもいうように、その女性はテーブルにある男の手を握ってくる。

 男は女性に微笑みつつ、1階フロアで彷徨う場違いな女を見ていた。

 女に絡む男。酔っているのだろう。女の腰を抱いて何か話しているが、女は微笑みながらも体を仰け反らせている。

 “嫌だ”というポーズだ。


 日本人女性は愛想がいい。

 だから、他の人を勘違いさせる。

 特に、勘違い野郎を。

 回された腕をつねるなり、叩くなりすればいいものを、女は仰け反ることしかしていない。


 (弁護士って言ってたっけ?言葉でなんとかなるとでも思ってるのかな?)


 男は見物で女の行動を見ていたが、相手の男が一線を超えた。

 女の顔を無理やり掴み、キスを迫ろうとしてる。

 女の顔は恐怖に怯えていた。


 男は気づいたら体が動いていた。

 階段を駆け降りて人混みを掻き分け、女にキスを迫ろうとしている勘違い野郎を思いっきり殴る。


 フロアは一瞬の静けさに包まれrが再び一気に盛り上がり、戦場へと変わった。

 次から次へとあらゆる人が殴り合いを始める。


 男は女の手を取って走り出した。


 突然現れた男に驚く女。

 だが、嫌がることもなく男に手を引かれてその場を後にした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る