バカラ塚・少年少女過激団

 ぼったくりバー襲撃事件の、ちょうど一年前──




「本当かよ? お前ら、Cー1の準決に残ったのか?」


 熱い表情で尋ねる黒木クロキに、伊ダ テ山崎ヤマザキは笑顔で頷く。


「はい! 観客の反応が予想より小さかったので、今年も無理かな……と思ってたんですよ。まさか準決出場の通知がくるとは、夢にも思ってませんでした」


 まず伊達が答え、次に山崎が話を受け継ぐ。


「そうそう。こりゃ、来年にかけるか……と、来年で出すネタを考えてたとこだったんです。ただ、準決は地上波の放映はないですからね。決勝に出られたら、ようやくテレビで俺らのネタを見せれるんですよ」




 この伊達と山崎は、劇団『バカラ塚 少年少女過激団』の団員である。と同時に、ふたりでコントだけをやる『カイザーウェイブ』というコンビも組んでいる。

 どちらも、役者論や演劇論などといった面倒なものを持っておらず、何でも柔軟にトライできてしまうタイプだ。今回も、Cー1グランプリの予選にふたりで応募し、準決勝へと駒を進めたのだ。


 Cー1はテレビ局の主催するコントのコンテスト大会であり、一回戦、二回戦、準々決勝、準決勝、そして決勝……という道のりを経て、優勝者が決定する。

 伊達と山崎のふたりは、並み居るプロの芸人たちを相手に勝ち抜き、見事に準決勝進出を果たしたのだ。

 これは、誇っていい結果である。




 そんな伊達と山崎の前に、坊主頭のゴツい男が進み出てきた。団員の青井アオイである。

 彼はふたりの前で、深々と頭をさげた。

 

「ふたりとも、スマン。俺は、お前らが準決に行くなんて想像もしてなかった。あいつら、どうせ落ちるだろうって思ってたよ」


「何言ってるんですか。俺らだって、そう思ってましたよ。それが、いきなりこんなことになって……完全に舞い上がってますよ。ほら」


 そう言うと、伊達はバレリーナのような動きで、くるくる回転し始める。

 稽古場は、どっと沸いた……というほどでもないが、そこそこウケたのは事実である。




 その日、劇団の稽古場には十人ほどの人が来ていた。皆は、彼らの準決勝進出を喜んでくれている……かに思えた。


 ただひとり、伊達と山崎のことなど見ようともしていない男がいた。むしろ、苦々しい顔であった。

 彼の名は、朝倉アサクラ風太郎フウタロウ。現在、二十五歳である。

 朝倉風太郎という名前は芸名だ。当然、本名は別にある。しかし、団の中では芸名で呼び合っており、朝倉もまた他の団員たちを芸名で呼んでいる。


 ・・・


 実のところ、去年のCー1には朝倉も出ていた。しかも、山崎と伊達と朝倉で『三馬鹿烏さんばかからす』というトリオである。

 その時は、二回戦で敗退した。さらに反省会では、伊達がこんなことを言ってきたのだ。


「朝倉さん、芝居とコントは違うんスよ。登場人物に成り切るのも結構ですが、コントにはそんなもの必要ないんですよ。それに朝倉さんは顔もかっこいいし、演技力は化け物レベルです。でも、オーディションで次々と落とされる……これがなぜだかわかりますか? 朝倉さんが、あちこちでプロデューサーと喧嘩したり、若いアイドルの子を怒鳴りつけたりしたからでしょ! あれで、悪い評判ができちゃったんじゃないですか!?」


 そう、朝倉は気に入らなければ大物プロデューサーにも牙を向く。誰が相手でも、それは変わらない。その上、恐ろしく喧嘩っ早い。




 以前にテレビ番組が、マニアの間で有名だというバカラ塚を取材しに来たのだ。伊達や山崎らはもちろんのこと、朝倉ですら最初はおとなしくしていた。

 しかし、レボーダーのアイドル・不破由紀子フワ ユキコがひとりの団員の顔をイジリ出した時から、稽古場の空気は変わっていく──


「お兄さん、面白い顔ですね! こんなホームラン級の顔を見たのは初めてです。いやぁ、ここまで来ると才能ですね!」


 この不破由紀子、TPG四十七士なるアイドルグループの一員であり「喋りまくる失礼なおバカキャラ」でブレイクし、今やテレビで観ない日はない。ネットでは散々叩かれているが、そのキュートな顔立ちからファンも多い。


「えっ、そうですか? いや、まいったな」


 当の団員・一堂イチドウは、あやふやな笑いで誤魔化そうとする。

 しかし、不破の勢いは止まらない。さらに失礼な発言を繰り返す。


「なんか、声も変ですね! まさに、人に笑われるために生まれてきた男! コントとかやれば、その顔の魅力を最大限に引き出せますよ! そうだ! あたしが、顔相をちょっと変えてあげますよ!」


 その時、朝倉が立ち上がった。

 黒マジックを出して、大島の顔に何やら書き込もうとしていた不破だったが、そのマジックを朝倉はむんずとつかむ。直後、力ずくで取り上げたのだ。

 朝倉はマジックを放り投げ、不破を睨みつける。


「おい、今すぐ出ていけ」


「は!? 何言ってるんですか、このお兄さん!? メチャクチャ怖いんですけど! 元ヤンキーかなんかですか!? まさか、現役のヤンキーなんですか!?」


 不破の顔は、少し青ざめていた。しかし、カメラが回っている以上は、どうにか混乱を収集せねば……と思ったらしい。笑いで誤魔化そうとしている。

 しかし、朝倉の態度は変わらない。


「あのな、これは予定調和のドッキリ番組でもヤラセ番組でもねえ。俺はお前が嫌いだし、これ以上お前の番組に付き合いたくもねえ。ここは俺にとって大切な場所だし、この一堂さんは俺の先輩なんだよ。さっさと消えろ。でないと、とんでもない放送事故を起こしてやるぜ。試してみるか?」


 朝倉は、静かな口調で言った。途端に、プロデューサーの表情が変わる。

 その上、不破も泣き出していた。朝倉の冷めた迫力に、本当に怖くなってしまったらしい。

 その後の撤収作業は早かった。ものの数分で、ひきあげてしまった。


 伊達と山崎は、この日の朝倉の態度を許していなかった。

 無名の団員たちにしてみれば、ようやくつかめた地上波のテレビ番組出演である。ネットの影響力は確かに大きいが、地上波のテレビ出演にも未だ侮れぬ力があった。

 だからこそ、今回のテレビ出演を楽しみにしていた……なのに、朝倉がブチギレたせいでお蔵入りである。


 『バカラ塚少年少女過激団』は……真面目な芝居もやるが、同時にシュールなストーリーや過激なパフォーマンスもしている集団だ。正直いうなら、そちらの方で名前が売れてきた部分も小さくない。

 いきなり団員ふたりが芝居を無視して喧嘩を始める(もちろんヤラセ)。団員を観客席に紛れ込ませ、出番の時は観客席から舞台にあがる。芝居の最中、無関係なふたりがコスプレして刀で切り合う……などといったものだ。

 さらには、芝居が終わり一旦は幕が降りた……かに思えたが、再び上がりだしたこともあった。

 そして座長のデューク西郷(言うまでもなく芸名)が観客に向かい語り出す。


「皆さんはわからなかったでしょうが、団員のひとりがセリフを飛ばしました。なので、その団員を今から公開丸坊主の刑にします」


 こんなことばかりやっていれば、当然ながら評論家の評判は下がる。「あれが演劇なのか?」「バカラ塚は芸人になれなかった半端者の集まり」などといったものだ。

 そんな評論家連中も、朝倉の演技力だけは認めざるを得なかった。特に、極悪人や頭のおかしいサイコキラー、あるいは一般社会から外れ足掻いている者を演じさせたら、朝倉の存在は光り輝く。舞台上にオーラが見えた……と評したファンもいたくらいだ。

 実際、朝倉が連続殺人鬼を演じた芝居『境界線』では……朝倉は一日一食に減らし、さらに有酸素運動のメニューを増やして、痩せこけた体で連日舞台に立ち続けた。

 結果は、大成功であった。ネットでは「泣ける」「朝倉の演技は、もはや違う次元へと到達している」などといった高評価のコメントが相次いだ。

 伊達が入団したのも、朝倉の芝居を生で見て感動したのがきっかけだった。




 その伊達は、なおも朝倉に迫った。


「あんたさぁ、今日こそは言わせてもらうよ! なんで他人と合わせないんだ! このままだと、あんたは一生燻り続けることになるんだぞ! そしたら、緒方さんが可哀想じゃねえか!」


 この言葉を聞いた朝倉は、思わず伊達の胸ぐらをつかみ立たせる。伊達もまた、朝倉の胸ぐらをつかみ、さらに罵る。


「だいたいね! あんたみたいな燻ってる人間と組んでたら、こっちにも伝染しちゃうんですよ! 悪いけど、次回はコンビでやりますよ!」


「上等じゃねえか! こっちだってな、お前らみたいなプライドのない奴らと組めるかよ!」


 言い捨てると、朝倉は金をテーブルに叩きつけ店を出ていった。

 翌日、伊達は謝ってきた。朝倉は許したが、三馬鹿烏の活動はなくなってしまった。


 ・・・


 伊達のいうことは正しい。頭ではわかっている。

 それでも朝倉は、「役に成り切ること」を重視してしまう。脚本を徹底に読み込み、他の役者のセリフなども考慮し、脚本に載っていないシーンまで想像する。


 今回はこういう人間だ……おそらく、朝はパン派。ギャンブルはやらないか、やっても少額。セリフから見るに、高等教育は受けていない。車の免許は持っていないと思われる。運動は嫌いだが、人を言い負かすのは好き。


 そんなことを考え、さらに練り上げていく。そして稽古日には、役になりきった朝倉が登場する……というわけだ。 

 実際、劇団員や演劇のコアなファンの中では、朝倉は有名人である。演技力は神、ドラマにアイドル起用するくらいなら、朝倉さんを起用して欲しい……などとSNSに投稿するファンも、ひとりやふたりではない。

 しかしコントでは、違う演技力が要求される。伊達と山崎には、それがあった。おそらく朝倉にしても、やろうと思えばできたかも知れない。

 だが、朝倉はやらなかった。自分のやり方を押し通す道を選んだ。




 そんな朝倉は、浮かれている伊達と山崎を無視しストレッチに励む。

 と、彼のそばに近づいてきた者がいる。スタッフの緒方優オガタ ユウだ。朝倉とは幼馴染である。


「今夜、伊達くんと山崎くんの祝勝会をやるんだって。フウちゃんも、一緒に来なよ」


 そっと囁いた緒方。団員の中で、朝倉をフウちゃんなどと呼べるのは彼女だけである。

 しかし、朝倉の態度はにべもない。


「冗談じゃねえよ。誰が行くか」


「あのさぁ、飲み会に顔出すくらいしなよ。だいたい、あんたは昔からそうだった。馴れ合うのは好きじゃねえ……なんて言って、飲み会には一切顔を出さない。それじゃ、本当の役者バカになっちゃうよ」


「知らねえよ」


「だいたいさぁ、フウちゃんは社交性がなさすぎ。飲み会で交わした言葉がきっかけになって、次の仕事がもらえることだってあるんだよ」


「そんな仕事いらねえよ。だいたい何だ、飲み会での会話がきっかけって……そんなもんで配役を決めるなよ」


 言った途端、緒方はいきなり朝倉の背中にもたれかかってきた。

 そして、悩ましげな声を出す。


「ねえ行こう行こう、ねえ行こうよう。ねえってば、お願いお願いお願い──」


「ちょっとやめろ! みんな見てんだろうが」


 腕を振りほどき、慌てて周囲を見回すが、誰もふたりのことなど見てはいなかった。

 実のところ、ふたりは付き合っているのだが……そのことは、団員には言っていない。劇団内恋愛禁止、という取り決めがあるわけではないが、何となく言いづらく誰にも言っていなかった。

 ホッとした朝倉は、緒方の方を向いたが……途端に、彼女が鬼のごとき形相でこちらを見ているのに気づいた──

 

「関係ない。とにかく、今日の飲み会は絶対に出ること! でないと、あたし怒るからね」


 強い口調で言われ、さすがの朝倉も折れた。


「わかったよ」


 渋々ながら答えた。仕方ない。ここは、緒方の顔を立てておこう。




 しかし、この飲み会に参加したことがきっかけとなり、彼の人生は百八十度変わってしまった。

 この飲み会こそが、地獄の入口だったのである。


 









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