元・社畜OL、異世界で「袋」を極める。 ~恋愛?それより錬金釜を蹴り上げて!~

すぎやま よういち

第1話 鋼の決意

東京の摩天楼が放つ無機質な光が、如月咲の心をさらに冷たく研ぎ澄ませていくようだった。大手コンサルティングファームのフロア、28階。窓の外に広がるのは、夜になっても明滅する無数の灯り。それは、咲が必死で駆け上がってきたキャリアの象徴であり、同時に、彼女を蝕む孤独の象徴でもあった。

咲は、入社以来、周囲の期待をはるかに上回る成果を出し続けてきた。配属された部署は常に最高の業績を叩き出し、彼女の緻密な分析力と冷徹な判断力は、社内外から「如月咲がいれば不可能はない」とまで言わしめた。彼女のデスクに積まれた書類は常に山をなし、スマホの通知は鳴りやまない。睡眠時間は平均して4時間。食事はデスクで済ませるか、クライアントとの会食。私生活は、仕事の合間に無理やりねじ込んだ、ごく限られた時間でしか存在しなかった。

それでも、咲は満足していた。いや、満足していると「思っていた」。

彼女にとって、仕事での成功は、幼い頃から感じてきた漠然とした不安を打ち消す唯一の手段だった。誰もが自分を認めるように、尊敬の眼差しを向けるように、ひたすら上へ、上へ。そうすれば、誰かに見捨てられることはない。裏切られることもない。そう信じて疑わなかった。

仕事の成功と引き換えに、人間関係は希薄になった。同僚たちは、咲の圧倒的な能力には一目置いたが、同時に畏怖の念も抱いていた。「如月さんって、何考えてるか分からないよね」「近寄りがたいオーラがある」「あそこまで完璧だと、逆に怖い」──そんな陰口は、もちろん咲の耳にも届いていた。だが、彼女はそれを意に介さなかった。

「どうでもいいわ。群れる必要なんてない。私は私で、結果を出すだけ」

そう言い聞かせ、より一層仕事に没頭した。友達と呼べる人間はほとんどいなくなり、休日に連絡を取り合うのは、せいぜい数人。それも、仕事の愚痴をこぼし合う程度の、薄っぺらい関係だった。

そんな咲の唯一の「心の支え」だったのが、恋人の篠崎 啓(しのざき けい)だった。

啓とは大学のサークルで知り合った。咲がまだ、完璧な仮面を被る前の、少しだけ柔らかかった頃の自分を知る数少ない人間。彼は、咲の仕事への情熱を理解し、その才能を誰よりも称賛してくれた。忙しさで連絡が滞っても、「咲は頑張ってるからね。俺はいつでも待ってるよ」と、いつも温かい言葉をくれた。咲にとって、啓は唯一、仮面を外せる場所であり、心から安らげる存在だった。

「咲、今週も徹夜続きか?無理しすぎんなよ。俺、咲が倒れたらどうしていいか分からなくなるからな」 啓の少し掠れた声が、電話口から優しく響く。 「大丈夫よ。この案件が終われば、少しは落ち着くから。そしたら、ちゃんとお休み取って、美味しいもの食べに行こうね」 咲はそう答えるのが常だった。そして、啓も決まって「うん、楽しみにしてる」と応じた。

咲は、啓との未来を真剣に考えていた。結婚、家庭……想像するだけで、疲弊しきった心に温かい光が灯るようだった。彼がいれば、どれだけ仕事で疲弊しても、また明日も頑張れる。彼こそが、自分という人間を唯一理解し、受け入れてくれる存在なのだと、固く信じていた。

しかし、その信仰は、ある日突然、音を立てて崩れ去る。

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