闇社会のキツネ、異世界の暗部を満喫する

濵 嘉秋

第1話 闇社会のキツネ、異世界転移する

 並行世界を観測できる石板『邪馬の盾』。

 円形に加工された石板であり、外周には解読不能な文章が刻まれている。その歴史的価値から歴史博物館に展示されてはいるが、逸話にある「並行世界を観測できる」なんて事実はなく、実際は少し豪華な石板というだけの代物。故に管理レベルも低い。


 何が言いたいかというと、簡単な仕事だった。


「これだけで5000万とは、金持ちの考えることは分かんねぇなぁ」


「前金も合わせると一億だ。楽な仕事だぜ」


 相棒の影波良太かげなみりょうた、通称カゲと共に夜道を歩く俺の手には件の石板『邪馬の盾』があった。

 これを盗み出し、依頼人の前で破壊する。これが今回の依頼だった。


「まさか本当に並行世界が見れるなんてことはないだろうな?」


「さぁね。何にせよこれから闇に葬るんだ…関係ないさ」


 停めておいた車が見えてきた。後はアジトに帰ってもう一人の仲間と合流…その後に最後の仕上げなんだけど……どうも一波乱ありそうだ。


「……カゲ」


「分かってる」


 俺は左胸のホルダーにある拳銃に手をかけ、カゲは電撃効果を持つグローブを起動させる。

 せっかく手配したを壊すのは痛いが、これが一番手っ取り早いだろう。


「片方は頼むぜ?」


「あいよっ」


 拳銃を抜き、車のフロンドガラスを撃ち抜く。すると案の定、誰も乗っていないはずの車が急発進、コチラに向かってくる。

 今度はタイヤを撃ってスリップさせると、カゲがすかさずドアを開いて中にいる誰かを引き釣り出す。


「寝てろ」


 その相手に拳を叩き込んでついでに電流も流す。当然ながら気絶したソイツには目もくれず、俺はもう一人に拳銃を突き付けた。


「さぁ、どういう訳か話してもらおうか?」





「お前ら、依頼人にこんなことしていいと思ってんのかッ!」


「よく言うぜ、そっちから仕掛けてきたくせに」


 結論、襲ってきたのは依頼人その人だった。

 まぁ、報酬からして怪しさ満点だったから不思議ではないけど。


「質問はこっちからだ。どういうつもりだ?」


 拳銃を突き付け、こんな行動に出たわけを問うが依頼人は舌打ちをして目線を逸らすだけで話そうとしない。

 じゃあ仕方ないか。


「うぐぁ⁉」


 依頼人の右膝を撃ち抜く。

 突然の銃撃に間抜けな声を上げて転げるその様を数秒眺めると、その体を踏みつける形で止めてやる。


「俺たちは別に優しくない。命を取らないのは口を利ける状態にしておくって目的があるからだ。あっちで寝てる奴、ありゃ後遺症と生きていくことになるんだぜ?」


 縄で縛りあげているもう一人を指差すと、膝を抑える依頼人の顔色が悪くなる。

 どうやら自分の危機的状況にようやく気付いたらしい。まったく、どうしてここまでしないと理解できないかな。


「それに比べてアンタは膝を撃たれただけ。安心しろこの距離だ、下手な場所を撃ったりはしてない。ちゃんと治療を受ければ元通りだ」


「どうせ殺すんだろ…」


「俺たちは優しくはないがそこまで怖くもない。話してくれればこれ以上の危害は加えないと約束する」


 まぁもう闇社会で生きていけなくはするんだけど。それは言わなくてもいいだろう。


「…分かった。話すよ」


「そうこなくちゃ」


 息を整えた依頼人が口を開いたその瞬間、彼の頭が弾け飛んだ。

 咄嗟に物陰に隠れた俺とカゲは、依頼人の頭を吹っ飛ばした犯人の方角を睨む。

 俺にはおおよその位置しか分からないが、カゲには正確に見えていたことだろう。


「見えたか?」


「あぁ、だがもう動いてるだろうぜ」


「だろうな」


 拳銃を構えて壁から顔を出してみるが、すぐに壁が撃たれた。これが威嚇じゃなければ相手は凄腕というほどではないのだろう。


「しかしコレ、成功報酬は踏み倒しか?」


「なぁに、黒幕さんから倍額巻き上げてやるさ」


 だがさっきの一撃で、位置が動いていないことは分かった。

 定位置に陣取って俺たちを逃がさない作戦か?


「カゲ、お前ライフル避けれるか?」


「馬鹿言うな。拳銃が限度だ!」


「だよな」


 こちらから向こうが見えない以上、情報は銃声だけだ。それじゃあいくらカゲの超感覚でも間に合わない。できたらもう人間やめてるし。


「じゃあ1,2の3で走るか」


「また博打かよ!お前好きだなギャンブルよぉ!」


「百発百中のお前が言うなって。…行くぞ」


「ちっ、それしかねぇか」


「3,2…1!」


 最後のカウントと同時に走り出す。

 向こうからしても、全力で走る俺たちを捉えるのは至難の業だろう。このまま射線の外まで逃げさせてもらおう!


 目の前に現れた扉を潜って向こうのビルの影に入ればこっちのもんだ……扉?


「は?」


 気づいた時にはもう遅かった。

 突然現れた扉はまるで誘うかのように勝手に開き、俺たちはその中に駆け込んでしまっていた。


 異変に気付いて足を止め、振り返ってもそこに扉はない。それどころか…あり得ない景色がそこにはあったのだ。


「おいおい…なんだこりゃあ」


 白をメインに添えた豪華な内装。行きかうのは映画の登場人物のような衣装の人々…だがその誰もが、次第に足を止めてコチラに視線を向けてくる。

 集団の中には剣を抜いて迫ってくる衛兵のような格好をした奴も確認できた。


「まるでファンタジーの王城だな。何かの撮影か?」


「何を訳の分からないことを言っている。それより貴様、どうやってここに入った?ここがどこだか分かっての行為だろうな」


 5人の衛兵に囲まれ、剣を向けられる。…コレ、本物だな。レプリカじゃない…てことはどういうことだ、そういう国に来ちまったって事か?さっきまで日本にいたんだけど?


「あはは……降参です降参!だからそんな怖いの向けないでくれない?」





「ったく、なんでこんな面つけてたんだコイツ」


 衛兵の言葉に笑みを浮かべておく。

 拳銃やナイフ、 『キツネ』としてのアイデンティティであるキツネの仮面も没収された。

 が、彼らの会話からして…どうやらこの場所では拳銃というものが一般ではないらしい。例えば日本では拳銃自体は持っていたら違法になるくらい非日常な代物だが、その存在自体は知れ渡っている。のだがここでは衛兵すら存在を知らないような口ぶりだった。


「とにかく、今日は大事な式典があるんだ。ここで大人しくしていろよ!」


「はいよー」


 牢屋越しに周囲の様子を窺う。

 見張りは一人…没収された物はその近くに置かれている。拳銃に興味津々なようで、ガチャガチャと弄っているが危ないなぁ。安全装置は付けてるけど、暴発する危険がないわけじゃない。というかその持ち方、万が一安全装置が外れるとそのまま顔面に銃弾が叩き込まれるでしょうが。


「なぁ見張りさん?」


「あん?なんだ」


「このお城ってこの辺じゃ一番の警備か?」


「当たり前だろ。王城だぞ、ここより重要な場所なんざ聖地くらいだろ」


「王城…聖地ねぇ」


 科学が進歩してなんでもネットなこの時代でも、古き伝統を重んじる国は多い。ここもそういううちの一つなのか…いやそれにしてもおかしい。


「そういや式典があるって話だけど、どういう催しで?」


「そんなことも知らないのか?増々どうして城に潜り込んだりしたんだお前…」


「いいじゃん教えてよ」


「……パンドラ王女の入院だよ」


「入院?どこか悪いのか」


「王族を侮辱するか貴様。聖導院せいどういんに決まってるだろうが。あそこに入ると向こう5年は出てこられない。今日が入院前最後の日なんだよ」


「ふぅん…それはいい。王女様も一目見たいし、ここらで失礼するぜ?」


 牢屋の鍵を開けて見張りの手から拳銃を抜き取る。

 いやー、さっきから危なっかしくて見てらんなかったんだよな。コレで一安心だ。


「お、お前!なんで外に、鍵はかけていただろう⁉」


「あの程度、道具があれば1秒もあれば開けられるんだよ。ダメだよ、こんなの牢屋に放置してちゃ」


 鍵開けに使った針金を机に放り投げると、ようやく事態を理解した見張りが立ち上がって剣に手をかける。


「貴様ッ!牢破りはその場で処断だ、覚悟しろよおォォォ…」


 やる気満々な見張りに、没収されていた催眠スプレーを吹きかける。流石は即効性、セリフをしゃべりながら崩れ落ちていった。


「ちょっと寝ててくれ?このまま出ていったら面倒になるからな…」


 見張りに変装して、逆に見張りを俺に変装させて牢屋に入れておく。これで少しは時間を稼げるだろう。

 しかし近年稀に見る不用心さだな、監視カメラの一つもないとは…。

 

 階段を上がっていくと、さっきも見たエントランスのような場所に出る。近くに居た衛兵が俺を見ると、ツカツカと歩み寄ってきた。


「奴の見張りはどうした?」


「交代だ。寝たみたいだし大丈夫だろ」


「そうか、ならお前も式典の警備に就いてくれ」


「了解」


 式典は2時間後に迫っていた。

 時間が近づくにつれ、王城内は慌ただしくなっていき聖職者と見られるような人物の出入りも多くなった。


 そして…色々と探ってみたのだがやっぱりおかしい。

 まずこの国の名前だが、セントダムというらしい。のだがどんな国は聞いたこともない。仕事柄色んな国に行ってきたが、名前すら聞いたことがない。


 極めつけはアレだ。

 王城の中央、吹き抜けになった中心部で一階から天に向かっている巨大な樹だ。コイツがなんだか、オーラに満ちている。下から上にかけて、エネルギーが充填されていくような様だ。


「魔力、ねぇ?」


 このオーラのようなものは空気中から吸収した魔力だという。この国には先天的に魔力を宿した人間が生まれるらしく、その者は空気中の魔力と自分の体内の魔力を結び付けて炎を出したり、氷を作り出したり、身体能力を限界突破させたりできるとのこと。


 ファンタジーだが、ふざけているわけじゃない。


 ようするにだ。今の俺が置かれたこの状況は…


「異世界転移ってやつか」


 簡単な仕事のはずが…どうやら異世界転移なんて大事に繋がってしまったらしい。なるほど、面白いじゃんか。

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