第33話 雑談その2
「ちゃんと喋れてると思うけどなあ……なんで友達作ろうとはせんのや?」
ため息をつきながらアセラさんは続けて質問してきた。
「ずっとソロ配信してたから時間がなかったんですよね……」
「誰かにコラボのオファーをしたりはせんかったんか?」
「ビビってできませんでした……」
「オフイベントで誰かと共演したとかも?」
「楽屋が一緒はありましたけど、会話しませんでした……」
「……じゃあナイ君が悪いやん」
「た、確かに……」
あまり真剣に考えたことがなかったから分からなかったけど、原因は自分にあったのか。
「アレやね、君も可愛いことしてたんやね」
「え……そ、そんな可愛いだなんて」
「アホ、いい年してガキみたいなことやってんちゃうよ、ってこと。大人なんやったらもっと積極的にならなあかんよ」
「あ、はい……ですね……」
思わずメインモニターから目を背ける。サブモニターに映っているコメ欄は、『説教されてて草』『しょげてるww』などなど、俺のことを笑うコメントで溢れていた。
マジでうざいな。……このままバカにされるのは癪だ。落ち込んではいられない。
「そういうアセラさんは積極的に……できてますね。イベントの主催とかもやってましたし」
「知ってくれてたん?」
「はい」
今朝、動画で確認したことだ。アセラさんはしょっちゅうゲームのイベントを開催している。
「俺からするとかなり面倒そうなんですけど……イベントの運営って面白いんですか?」
「うーん……どうなんやろ。アレっておもろいんかなあ」
「ええ……面白いからやってるんじゃないんですか?」
「実はそうじゃないんよね」
だったらやる必要はないんじゃないのか。そう思った俺にとっては、アセラさんの発言は驚くべきものだった。
「私はね、人を楽しませることが好きなんよ」
「……自分が楽しむよりも、っていうことですか?」
「そうやね、自分のことはあんまり考えへん。私だけ楽しんでても、他の人たちがつまんなそうにしてたら悲しいやろ? それが本当に嫌なんよ」
「……」
確かに理屈は通っている。ただ、自分本位の俺と真逆だったため、それが良い考え方とは思えなかった。
「元々は見に来てくれる人たちを楽しませたいって思って配信活動を始めたんやけど、今は他の配信者たちも楽しませたくなって。それでゲームの大会とかイベントとかを開催してる、って感じやね」
アイラは友人を作るため。アセラさんは人を楽しませるため。理由は違うが、二人とも確固たる信念を持って配信している。
……生活のために適当に配信活動をやってる、俺とは違って。
「ふふ……こういう人間には見えへんかったかなあ?」
黙った俺の様子を見かねたのか、アセラさんがそう尋ねてきた。
「そういうわけじゃないです。普通にしっかりした人だと思ってたので、かなり納得する部分はありました」
「え?」
「優しい人だと思ってますよ。何度か面倒見てもらいましたし」
「……」
豪華客船の時といい、射撃練習前といい、かなりお世話になった。人を騙したり車で撥ねまくったりしているけれど、本性は良い人であることは分かる。
「ふん……可愛いとこもあるやないの」
「え、またガキっぽいことしちゃいましたか?」
「アホ。……ここは素直に受け止めとけや」
後半はかなり声が小さくなっていて、かなり聞き取りづらかった。
「そういう照れ方するとは、アセラさんも可愛いところがあ」
「ところで」
思いっきり俺の発言は無視された。何がところでなのかさっぱり分からない。
が、これ以上踏み込めば何か良くないことが起こりそうな気がするので黙っておく。
「イベントの主催やけど、ナイ君には難しいかもやね。だって」
「陰キャじゃないですけど? なんですか?」
「だからまだ何も言うてへんよ。……それにしても」
真面目な話でもするのか、アセラさんは軽く咳払いをした。
「ナイ君はすぐ怒るけど、やっぱそれって損やと思うよ? できるだけ怒らないようにした方がええんと違う?」
「キレさせた張本人がそれを言いますか……まあ、そうかもですね」
「かも、じゃなくて、絶対にそうやね。怒ることが良い影響を及ぼすことなんてないんやし。人生の先輩からのアドバイスなんやから、しっかり聞いとき?」
「……」
言っていることは分かるし、俺も納得はしている。だが。
アセラさん、申し訳ないけど――そのアドバイスを受け入れることはできない。
もし怒るのが損だとしたら、俺はこの人生ずっと損していることになる。
だって俺は。
四六時中ずっと、怒りを内に秘めて過ごしているのだから。
食事中も、就寝中も、何もしていない時ですら、この怒りという感情が消えることはない。
なぜこうなったのかは自分でも分からない。でも、まぎれもない事実だ。
どれくらいイライラしているかは時によって変わるけど、でも全くイライラしていないという時間は存在しない。
だから、アセラさんの言うように、怒らないようにするなんて無理な話なのだ。
……ただ。
どうでもいいことであっても、アドバイスがもらえるというのは。
とても、嬉しいことであるように思う。
あまり人と関わってこなかった人生。助言をしてもらえたことなんて、ほとんどなかったんじゃないだろうか。
アセラさんといい、最初にギャングに入ると言ってくれたウラといい、カーチェイスの練習に付き合ってくれたアイラといい……良い人ばかりだ。
仲間に恵まれているのは間違いない。
それならば、無駄に反抗する意味もないだろう。
「ですね。頭に入れておきます」
「そうそう、年下はそれでええんよ」
「ちなみにアセラさんって年は」
「私も女性なんやけどね」
これまでで聞いたことのないほどに冷たい声だった。
「す、すいません……」
と、こんな感じで会話が一段落したところで。
『なんか遊園地でフェスをやるらしいわよ。ナイさんとアセラさんも、よかったら来てみたら?』
トランシーバーアプリからアイラの声が聞こえてきた。
「せっかくの機会やし行こうかな」
「ですね」
射撃練習にも飽きていたところだ。気分転換がてら、遊園地に行ってみよう。
ミナミさんに軽く別れの言葉を告げてから、俺とアセラさんのキャラはその場を後にした。
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