水底のイデオロギー

ギギさん

序章

稀有な少女達(1)

 むかしむかし、あるところに飴とお花を売っている女の子がおりました。

 女の子はとても明るくがんばり屋さんで、まいあさ町までおもいしょうばい袋をもってきては元気にこえをかけます。

 じゅんちょうとは言えないけれど、ひとり、またひとりと日に日に女の子を覚えてくれるお客さんはふえていき、しょうひんを買ってくれる人もふえていきました。

 でも女の子にはひとつこまっていることがありました。

 一口食べればおもわずほっぺがおちちゃうほど甘くておいしい飴。

 一度見ればおもわず見とれちゃうほどキレイでいいかおりのするお花。

 どっちもすごくすてきなはずなのに、なぜか売れるのはいつも飴ばかり。

 さいごにはいつもあふれんばかりの売れないお花たちがのこっているのでした。



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「で、この話の続きが思い出せねぇんだよなぁ。」

 

 そう言って助手席に座っているシグレは頭をかいたあと片手に持っていた煙草を再び口にくわえた。


「ねえ、それってそんなに重要なこと?そもそも本当にそんな話を聞いたことがあるのかすら怪しい...。まあ探せば似たような童話はいくらでも出てくるでしょうけど。」


 運転席でハンドルを操作していたホマチは半ば呆れた口調でそう言いながら横の窓に顔を向けた。よそ見ともとれるその行動は街中の道路では危険だが、幸い二人を乗せた車が走っているのは誰も通らなさそうな山道、しかも深夜である。

 動物が横切るかもしれないという考えは勿論頭にない。


「いいや確かにあるさ。親父はクソだが、母さんはいい人だった。ウチが忘れてるだけで昔にこの話をしてくれたはずなんだよ」

「邪推だわ。そのって人の顔すらろくに覚えてないのに?あなたって客観的に見て慢性的な啓発信者みたいね」

「けっ。そんなに悪いかよ。信じるってことが。」

「悪いとは言ってない。有体に言えば映画館の床下に落ちて忘れ去られたポップコーンくらい空しくて馬鹿馬鹿しいってだけ。」

「そのポップコーンから始まる美学だってあんだよ。大体なんでそんなにケンカ腰なんだ?やけに機嫌悪ぃじゃねえか。」


 すると、ホマチは先ほどまで見ていた窓の方向とは反対のシグレ側に顔を向け片手でハンドルを操作しながらもう片方の手で窓の外へ出しているシグレの手を指さす。


「煙草...。臭い、不愉快。分かった?泣き虫の坊やマムコール。」

「あぁはいはい、わかったよお上品なお嬢様!」


 先ほどまでさんざん言われていたのも相まってシグレは半ギレで語尾が少し強まった。

 そして傍に置いてある灰皿の上で煙草の火を力強く消すと、車内に流れていたラジオの音量調節のツマミを極端に右に振りおもむろにでかくした。


———昨今、世間を騒がせているMRシティ連続通り魔殺人事件の犯人、通称"ミラー"は現在も捕まっておらず———


「ちょっと!うるさい!こんなにでかくしなくても聞こえるでしょ泣き虫の坊やマムコール!」


———直近の目撃情報によりますと午後11時頃フランディング通り472番地から473番地にかけての———


「いい加減その呼び方をやめろよ!」


———山道に入って行くのが確認されており、それ以降の行方はつかめておらず———


「大体!お前はいつもいつも他人の意見に、、、!」

「待って!!!」


 唐突なホマチの真剣な静止に溜め込んでいた分を爆発しようとしていたターン言い返しは回ってこなかった。


「ッ!なんだよ...。」


 ホマチの目には今までとは明らかに違う少しばかりの焦りのようなものが見え、シグレはそれを見逃さなかったのだ。

 故に言い返すのが不発に終わった余韻がポロッと口から溢れでた。

 それに応えるようにホマチが話し出す。


「最近流行りの連続通り魔事件。」

「あぁ、"ミラー"とかいうやつだろ。」

「さっきラジオで言ってたでしょ。フランディング通り472番地から3番地にかけての山道を23時頃に通ったって。」


 シグレは今、どこを走っているのかをあまり確認していない。だがそんな話を持ち出されては嫌な予想がついてしまう。


「え...もしかしてその場所って...。」

「ここよ。」


 咄嗟に時間に目をやる。

 時刻は丁度日付が変わる瞬間だった。

 いやいや目撃された23時から1時間も経ってるし、この山は結構広いんだから遭遇する確率の方が低い。それにもう別の所へ行ってるかもしれないし、目撃情報だって確かじゃないんだから。

 最悪な想定を否定する様々な思考。


「いやでもそんな偶然ばったり出くわすとは...。」


 ドスンッ

 バキバキバキ


 不愉快な音と共に車体の天井が捻じ曲がり一気に車内が狭くなる。まるで押しつぶされるかのように。出くわさない数多の可能性。今の状況はそんな可能性達を否定するのに充分だった。


「限らねぇって最後まで言わせろよ...ったく。」


 又もや話そうとしている最中を邪魔されたシグレは不満そうにそう漏らすのだった。

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