その笑顔をまた見たい

10年後…


雫は20代後半になっていた。小旅行のつもりで彼はなんとなくフラーっとあの土地へと足を踏み入れた。


街を懐かしみながら歩いてるとふとフリーペーパーのラックが目に入りなんとなく手に取りめくる。


とあるページに差し掛かると、目が離せなくなった…


『どんどん減っていく懐かしい駄菓子屋、続ける秘訣とは⁉︎』


その見出しの下には見覚えがある人の顔が写っていた。歳はとったが変わらないあの笑顔…


『行き場のない子どもやお腹をすかした子、体調が悪そうな子、お金を持ってなくても無償で飲み物や食事を与える店主の“太郎”さんはこの町ではちょっとした“子ども食堂”のような存在で、地元の人たちからも親しまれ頼りにされてます。大人の方達の優しい寄付によって、この地域の子どもたちの笑顔は守られ、昔懐かしい駄菓子屋も続けてこれたそうです。太郎さんは「子ども達の笑顔を守れて僕も笑顔になれます。生きがいです。ありがとうございます。」と申しております。ぜひ大人の方も昔の懐かしさを味わいに足をお運びください。』


雫の胸に何かが溢れてきた。

あの頃の記憶、想いが一気に…


「太郎さん⁉︎」


いてもたっても居られず、雫はフリーペーパーを丸めて握り走り出す。もちろん向かうのは紹介されてたお店だ。


記憶が曖昧だったのか、何度もその冊子を確認して歩き回ったので、紙はくちゃくちゃになってしまっている。


はぁはぁ…


やっとそれらしき店の前に来ると、雫はもう息が上がってしまって、汗だくで、疲れ切っていた。


足がおぼつかないままフラフラと店のドアを引いて入ると、どうやらやってはいるが客は1人もいなかった。そりゃもう夕方近いからである…子供などは帰らねばならない時間だ。


雫はついつい、居住スペースと店の境の縁に座り込んでしまう。


すると奥から足音が近づいてきた。

それに気づくと雫は咄嗟に振り向いた。


『うわっ、びっくりしたっ⁉︎おっ…お客さん⁇すいません、ちょっちトイレ行ってまして…』


そう言って近づいてくる男は色眼鏡をかけてて、長めの髪をゆって、もっと怪しげな風格に…確かに冊子で紹介されてた店主そのものだ。でも、驚き方は全く変わってない。


(太郎さんだ…会いたかった…)


雫は声を出す気力も失っている。無言で見つめるしかなかった。


『お客さん⁇大丈夫ですかそんな汗かいて顔色も悪い…何か急ぎでお探しの物があるなら気軽に聞いてください。』


またあの心配そうな目だ…今度は前髪まで結ってるからよく見える。


雫の前まで来て太郎は正座をし心配そうに彼の顔をよく伺う。


「…麦茶…くれませんか⁇…太郎さん…」


雫はやっと振り絞るように言葉を出した。


『麦茶⁇手作りのでよければありますけど…それでもいいですか?』


不思議そうな顔で聞いてくる太郎に雫は無言で頷く。

急に来た立派な大人が麦茶をくれって言ってきても優しく対応する彼に雫は余計に引きつけられた。


『はいどーぞ』


差し出された麦茶を雫は一気飲みする。


その様子に驚くも太郎はその間ある疑問を抱いた。


『君…俺の名前知ってたよね?子供達ならタロさんタロさん言われてるからわかるけど、君は大人の方だし…あっ、もしかして俺の記事読んできたの⁉︎そんな急いで⁇嬉しいな〜俺そんなにカッコよく撮れてたかな〜なんつっ…』


太郎が言葉を言い切る前に、雫は思わず咄嗟に彼を抱きしめてた。


太郎も流石に驚き言葉も出せずにいる。


「会いたかった…です…あの時ダメになったかもしれない冷食とかアイスのお代払いにきました…命救ってくれたからには、お礼をしたくて…」


雫の言葉によって太郎は当時のことを思い出してきた。しかし、普通抱きしめるほどのことか⁇とも思い動揺もしている。


『えっ…えぇと…熱中症で倒れた高校生の子かな⁇おっ…おぉ〜こんな大人になって大きくなっちゃって…って身長は変わってないけども、あはは…』


太郎は笑って誤魔化すしかなかった。

すると雫の抱きしめる腕の力が強まる。


「名前…覚えてないんすか?俺の事も…」


雫の声は少し悲しそうに震えてた。


『雫くん…だったよね確か⁇いやぁおじさんねもう記憶力悪くてしょうがなくてさ…あってる⁇』


「そう、雫です。それに、おじさんじゃないですよ全然。今も…素敵…です。前よりなんか明るいし、オシャレですね。」


『いや、そんな褒められると照れるなぁ…って、最初におじさんって言ってきたの君じゃん⁉︎あの時…』


太郎は若干怒り気味で、雫の顔を確かめるように引き離した。


雫は思わず笑いそうになって堪える。


その雫を見て太郎は思わず笑う。そして懐かしくてしょうがないのか、雫の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でてニコニコしている。


雫はその笑顔がまた見たかったのである。

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