第23話 魔の陸蒸気
アルテナは自分が身を隠す建物の奥側を見た。残念ながらこちらは袋小路となっており、敵の裏に回ることは出来そうもない。
それなら、ジークの方はどうか。目を凝らしてみると、そちらは奥行きがあり迂回できそうだ。
「……」
ジークに目で合図すると、こちらの意図を察してくれたのか彼は軽く頷いた。
バラバラバラバラ、という敵の弾幕にアルテナは耳を澄ませる。
そしてそれらが途切れた瞬間、建物の陰から飛び出した。同時にジークも躍り出て、グレムリン達目掛けて拳銃を連射する。
道路に出たアルテナに、弾薬の残っていた敵の銃が火を吹く。しかし、音からしてその数は少ない。精々が一挺か二挺だ。他はリロード中で攻撃できない。
ジークの援護も手伝って、アルテナは無事に道路を横断して彼の居る物陰へ到達できた。軽くタッチを交わし、そのまま彼と分かれて路地裏へと舵を切る。
思った通り、こちら側は表の道路に沿って奥へと道が続いている。これなら待ち伏せしているグレムリン達の裏へ回れそうだ。
他に伏兵が潜んでいないか警戒しながら、アルテナは路地裏を駆け抜ける。幸いなことに、まったく妨害されることなく敵の待ち伏せ地点を抜けることが出来た。
「先輩……!」
アルテナの心に僅かな迷いが生じる。このまま引き返してグレムリンの排除に手を貸すべきか。今ならば、奴らに気付かれずに忍び寄って一匹ずつ大鎌で仕留めることが出来るだろう。
しかし、すぐに頭を振ってその考えを追い出した。
「今はマーガレットが先よ、わたし!」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、アルテナは時計塔へ向けて走り出した。
背後からは、グレムリン達とジークの射撃の応酬がいつまでも追いかけてきていた。
入り組んだ街中を目的地へ向かって進むのは、目視で確認できる距離より遥かに長い道程となり得ることがある。
ましてや敵の待ち伏せを警戒し、不意打ちに備えながらの進行となると、途中であっちこっちに道を曲がったり一旦立ち止まって前方の様子を伺ったりなどして余計に時間が取られてしまう。
アルテナはもどかしさに耐えながら、それでも着実に時計塔との距離を縮めていく。
既にそれは建物三、四軒先というところまで見えていた。此処までまったく新手と遭遇することなく来られたことは僥倖と言って良い。
「もう少し……! マーガレット、どうか無事でいて……!」
時間が経過するごとに彼女の安全が脅かされる。実際に彼女の姿を発見するまで、アルテナに出来るのはその無事を祈ることのみだ。
あの時計塔にマーガレットはきっと居る。ロザリオの発する青い光は、今も変わらずそこを指し示している。この光が消えない限り、彼女の生命も消えない。
今一度、アルテナはそう強く信じて時計塔へ踏み出そうとした。
だがそこで不意に、奇妙な音を鼓膜が拾う。
「え? この音は……?」
立ち止まって耳を澄ます。音はだんだんとこちらへ近づいてくるようだ。
シュッ、シュッ、と断続的に重い空気を吐き出すような圧縮された音と、ガラガラガラと何かが軋みながら回転するような音。時折そこに、ポーッという喉を絞ったような甲高い音が混じる。
これは……聞き覚えがある音だ。アルテナが産まれた頃はまだまだ珍しさが勝っていて全体数も少なかったが、近年ではすっかり各地に普及してその需要を遺憾なく満たしている画期的な輸送機……。
フッ、と足元に影が落ちた。
「……!?」
目を上げると、紅い月を背景に巨大なイモムシのような造形をした何かが空中を走っている。
黒いイモムシが軌道を変え、頭の部分をこちらへ向ける。角度が変わったことによって、紅い月の光がその全容を明らかにした。
「うそ、でしょ……!?」
アルテナは思わず目を疑った。巨大なイモムシに見えたそれは、いくつもの車輌を牽引した蒸気機関車だったのだ。
線路の上ではなく、空を駆ける鉄の陸蒸気である。一体これは何の冗談なのか。
だがいくら目を疑う光景だったとしても、迫りくる脅威は現実だ。
我に返ったアルテナは、急いでその場から離れた。
丘の上から駆け下るように陸蒸気が空中を滑り降りてきて、さっきまでアルテナが居た道路の上を浚っていった。コンクリートの地面も、間にある建物も全て砕いて削り轢き潰してゆく。
圧倒的なパワーで走った後を更地にして、陸蒸気は再び空へと昇り始めた。
「何よ、あれ! 冗談も大概にしてほしいわ!」
ぼやくアルテナだが、状況は変わらない。陸蒸気は一旦街を離れるように上へ上へと昇っていき、しばらくすると大きく旋回して再びこちらへ向きを変える。線路の上から解放されているので、その軌道は自由自在だ。
「もしかして、あれがマーガレットをこの街まで乗せてきたの!?」
でたらめな性能を見せつけてくる魔の陸蒸気を睨みながら、アルテナはそこに思い至った。だとするなら、あれもまた【堕天使】の用意したリヴァーデンの主要機構なのだろう。犠牲者の輸送に加え、防衛能力まで持っているというわけだ。
いずれにせよ、あれをなんとかしない限り時計塔へは近づけない。アルテナは辺りを見回し、地形を確認した。
「……! あそこ!」
砕かれた道路の上をまたぎ、急いで向かい側の小道に駆け込む。直後に、空飛ぶ陸蒸気がアルテナの居た場所に轟音を奏でながら突っ込んできた。
すれ違いざまに首だけで振り返り、通り過ぎてゆく車体を確認する。すると案の定、ボイラーの側に数体のグレムリンが居た。一瞬だけだが、彼らがスコップを手に代わる代わる石炭を焚べて速力を確保している様子が確かに見えたのだ。
「やっぱりあいつらね! それなら……!」
アルテナは小道の奥へと身を沈めていき、視線を切ろうとする。幸い、この入り組んだ街中ならいくらでも死角は確保できる。あの陸蒸気のパワーなら何処に隠れようと関係なく建物ごと破壊してしまえるだろうが、逆にそこが狙い目だ。
まもなく、アルテナの姿は完全に物陰と同化した。
三度、天空へと還った陸蒸気はそのまま飛行運転を続けている。予想通りアルテナを見失ってくれたのだろうが、見つかるのは時間の問題だ。
グレムリンの操る車輌が、最後にアルテナが消えた小道の上空をぐるぐると旋回し始めた。上から見下ろせば、いくら暗がりが味方してくれていても長くは隠れていられないだろう。
アルテナは冷静に物陰から周囲の様子を観察した。この小道は狭く、両側に建物の壁がある。そして道路に面した出口の上部に、ちらりとベランダらしき手すりの端が見える。
「……よし!」
作戦は決まった。大丈夫、上手くやれる。
アルテナは陸蒸気の向きに気をつけながら、さっき小道に駆け込む際に拾っておいた道路の破片を放った。
カツーン、と乾いた音が鳴る。
陸蒸気は鋭く反応した。自分の出す汽笛やら車輪の回転やらでやかましいだろうに、即座に破片が落ちた方へと向き直って急降下を始めた。
それを確認して、アルテナは急いで物陰から出て助走をつけながら壁へと走った。狭い場所だけに十分に勢いを付けられたとは言い難いが、それでも地を蹴って壁に足を着いた時、確かな手応えを感じた。
タン、タン、タン――! 小気味いいリズムを刻みながら、アルテナは小道の狭さを利用して壁から壁へと飛び移る。そして先ほど見たベランダの手すりへと辿り着き、そこの足場へと着地する。
ほとんど同時に、陸蒸気が眼下の地面を滑空してゆく。狙い通りだった。
「やああっ!」
気合いを発し、アルテナはベランダから身を躍らせて車輌の上へと飛び乗った。ガタン、と強い衝撃と振動が襲ってきたが、肚に力を込めて振り落とされるのを防ぐ。
二、三度身体を揺らしながら、アルテナはどうにかバランスをとって立ち上がった。一輌、二輌と飛び移り、黙々と煙を吐き出している先頭の陸蒸気を目指す。
「うっ! こ、この……っ!」
陸蒸気が地を離れ、空へと飛び立つ。急上昇する車体の傾斜に対応するべく、アルテナは身体を伏せて車輌の端を掴んだ。
しばらくそうやって耐える。やがて十分に高度稼いだのか、車体は再び水平に戻り立ち上がることが出来るようになった。
「これで、途中下車は出来ないわね」
ちらりと下を覗いて自分がどれ程の高度まで連れてこられたのかを確かめつつ、アルテナは再び一歩一歩前へと進んでいく。
幸いなことにグレムリン達に気付かれている気配はなかった。妨害を受けることなく先頭車輌まで辿り着いたアルテナは、身を隠しながらそっと様子を伺う。
陸蒸気の中では、ボイラーの火力調整を担当している数体のグレムリンの他にもう一匹、レバーを手にして走力を出しているグレムリンが居た。
思ったほどの数ではない。奇襲を掛ければ、難なく全滅させて制御を奪えるだろう。
伏兵が居ないかもう一度念入りに確認してから、アルテナは大鎌に手を伸ばそうとした。
と、そこでふと、右手側の空に例の時計塔が映る。
「……そうだ!」
アルテナの頭に、稲妻のようなひらめきが奔った。
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