第14話 悪を頼る動機

「どれ、何が書かれてあるのか見てみましょうか」


 アルテナはそう言って、床に落ちた紙片を慎重に拾い上げて中を開いた。


「…………」


「な、なに? なんだったの?」


 無言で紙面に目を走らせるアルテナに痺れを切らし、マーガレットは横からぐいっと中を覗き込んだ。


「これは……!」


 そこに書き込まれていたのは、たくさんの文字だ。整然と横書きに何行も綴られており、恐らくは手紙か手記だろうと思われる。

 マーガレットは素早く文章を目で追った。



『私は常に神を敬い、信じてきました。健やかなる時も、病める時も、気持ちが晴れやかな時も悩みに明け暮れた時も、すべての時間を神に捧げてきたのです。筆舌に尽くし難い不運に見舞われ、不幸が続いた時も、神から下された聖なる試練と信じて耐えてきました。


 しかし、その報いは何だったのでしょうか?


 神に身を捧げた私には、妻も子もおりません。しかし、兄弟姉妹はいました。私の家は大家族でしたが、皆仲が良くお互いを敬い慈しむ理想の関係を築けていたのです。

 我が身が試練ですり減ろうとも、兄弟姉妹が幸せでいてくれたらそれで良い。多くは求めない、ただ平穏無事でいてくれたらそれ以上は望まない。


 しかし、そんな私の願いに反して、彼らには次々と不幸が襲いかかりました。

 兄は重い病気を患ってそのまま衰弱死し、一番上の弟は事故で夭折、姉は身ごもった子供を流産し、妹は人さらいに拐かされ行方知れずに――。


 なぜ、彼らがこんな目に遭わなければいけないのでしょう?

 彼らは、何も罪を犯していない。日々まっとうに生きてきただけで、神の怒りに触れるようなことは何もしていなかったのです。


 これも、神が私に与えもうた試練と言われるか?

 これが、神が私に下された裁定と言われるか?


 それともまさか、身も心も捧げて尽くしてきた私への、これが恩寵とのたまうおつもりか?

 我が身のみに留まらず、家族すらも捧げよと要求されたのか?


 そんなものが、人類の父とまで呼ばれる御方の所業だと?


 ――ようやく、すべてを理解しました。

 私はずっと、誤っていたのです。


 私が信じてきたものは、神は、敵でしかない。

 私が行ってきたすべては、無駄でしかなかった。


 自身の蒙昧さを悔いても、失った時は戻らない。

 しかし、これ以上の搾取を防ぐことはできる。

 その為には力が要る。神に対抗できる、究極的な力が。


 おお、家族よ。魂というものが本当に存在するならば、どうか見守っていてほしい。

 私はこれから、かつて禁忌と信じられてきた存在と接触する。

 我々を謀り、不幸に陥れた大いなる存在に、今こそ弓引く時だ――』



 ……記述はここで終わっていた。


「あの老牧師が【堕天使】に頼った理由は、これで分かったわね」


 アルテナは丁寧に紙片を畳み、スカートのポケットに収めた。


「持って行くの?」


「動機は大切よ。人が闇に堕ちるのは、大抵が深い絶望によるもの。わたし達はただ単に怪物を狩るだけじゃない、事態の根源となる人の心の闇を解析して二度と同じ悲劇を繰り返さない為に活動しているのよ。こうした告白は、予防対策を構築する上で重要な研究サンプルになるの」


「なるほど……」


 彼女が所属する【イービル・イレイス】とやらは、マーガレットが思った以上に本格的な活動をしているらしい。アルテナもまた、その一員として立派に務めを果たしているわけだ。

 マーガレットは、アルテナが羨ましくなった。目の前に立つこの同い年の少女は、自分よりもよっぽど大人でよっぽど自立して生きている。籠の鳥として囲われている自分とは違う。


「……籠の鳥?」


 内心に生じた声に、マーガレット自身引っ掛かりを覚えた。

 裕福な家庭に生まれて何不自由なく暮らしてきた自分を、なぜ籠の鳥などと思うのか。その理由は自分自身で分かっている。

 問題は、それが何か重要な意味を持つような気がしてならないことだ。自分が何かしでかすとしたら、その動機は恐らくこれだろうという……。


「なに言ってるの、マーガレット?」


「ううん、なんでもない」


 頭に浮かんだ疑問を振り払い、マーガレットは本棚を指差す。


「牧師の手記があったってことはさ、他にも手がかりが見つかるかも知れないよ。私も手伝うから、もう一度一緒に調べてみよう」


「そうね。何か見つけたら、どんなに些細なものでも良いから教えてちょうだい」


 マーガレットは、アルテナと並んで一緒に本棚を探った。

 こうして同じ作業に勤しんでいると、自分も彼女と等しい立ち位置に立てた気がしてくる。もちろん錯覚だと分かっているが、そんな気分に浸れることにマーガレットは少なからず安堵を覚えていた。

 さっき感じた奇妙な劣等感も、こうしていればすぐに頭から追い出せる。


「……あっ」


 マーガレットの内心など露ほども知らないだろうアルテナが、不意に声をあげて作業の手を止めた。


「また何か見つかった!?」


 弛緩していた気持ちが一気に緊張で塗り潰され、マーガレットは食い入るようにアルテナが引っ張り出したものを見る。


「……この街の、地図?」


 それは、何処か街の一角を模写した地図のようだった。

 手前に大写しになっている赤レンガの家屋を飛び越えて、奥で天に向かって屹立する立派な時計塔がそびえている。首都の名物となっているかの有名なそれとは比べるべくもないが、ここに描かれている時計塔も中々に巨大で目立つ造りをしていた。


「これ、時計塔だよね? この街にそんなものあったっけ?」


「……分からないわ。リヴァーデンの地理情報はあらかた頭に入っているけど、こんな時計塔なんて見たことがない」


 アルテナも首を捻っていた。彼女にも心当たりがなければお手上げだ。


「もしかしたら、関係ないのかもね」


「そうね……いえ、待って」


 アルテナは何かに気付いたのか、もう一度目を皿のようにして地図を見ている。


「この手前の家屋、これは一昔前に流行った建築様式ね。リヴァーデンではあまり目にすることは無いわ」


「え?」


 言われてマーガレットも地図を見直した。しかし、違いが分からない。


「赤レンガの家なら、ここに来るまで散々見たけど?」


「積み上げ方が違うのよ。ほらこの角、普通は縦横ひとつずつ交差させて積み上げるけど、この家は全部同じ方向で並べているわ」


「あ、本当だ……!」


 アルテナの指摘した通り、地図に描かれている家は赤レンガを同一方向に並べた上でそれを直角に結んで角を作っている。強度が弱くなるとかで、今日では忌まれている建築方法だ。


「この地図に描かれている場所って、街の中でも相当歴史の古い区画なのかな?」


 この世ならざる力で生まれた街に歴史も何も無いとは思うものの、それでも地図に描かれた風景から何らかの意図が感じられて仕方がない。

 アルテナなら、ここから何か読み取れるだろうか? マーガレットは期待の眼差しで彼女を見つめた。


「……ごめんなさい。今は、分からないわ」


「そう……。でもでも、本の中に挟まっていたってことは何か重要な秘密なのかも! 調べてみる価値はあるよ、きっと!」


 落胆を顔に出さないように、努めて明るく前向きな提案をするマーガレット。

 それに触発されたかどうかは分からないが、アルテナは深く頷いて意外なことを言った。


「そうね。もしかしたら、彼の方で何か掴んでいるかも知れないし」


「え? 彼、って……?」


 一瞬きょとんとするマーガレットだが、すぐに思い至った。


「ああ! もしかして、一緒にこの街に来た先輩って人?」


「そうよ。ぼちぼち良い頃合いだし、彼を探して合流しましょう」


 丁寧に地図を畳んでポケットに仕舞い、アルテナは不敵に唇の端を吊り上げた。

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