第8話 風吹き荒れる峡谷、そして古の誓いの地へ
西の山脈は、アークの想像以上に過酷な
場所だった。これまでの道のりとは比べ物に
ならないほどの急峻な崖、足元を滑らせる
不安定な岩場、そして常に吹き荒れる冷たい風が、アークの体力を容赦なく削っていく。しかし、
彼の右腕に宿る「導き手」の力は、どんな時も
微かな光を放ち、危険を知らせ、進むべき
道を指し示していた。
アークは、エルトンから受け取った「導きの石」が共鳴する場所を求めていた。その石が指し示す方向は、まさにこの険しい山脈の奥深くへと続いていたのだ。疲労困憊の体を叱咤しながら、アークは一歩、また一歩と足を前に進める。
ある日の夕暮れ、アークは巨大な岩が折り重なる峡谷に差し掛かっていた。風が唸り声を上げ、岩の間を吹き抜ける音が、まるで魔物の咆哮のように
聞こえる。その時、彼の「導き手」の力が、
これまで感じたことのないほど強い反応を示した。峡谷の奥深くから、かすかに金属がぶつかり合うような音と、荒々しい気配が押し寄せてくる。
「なんや…この感じ。魔物とは違う、なんか強いもんが動いとる…」
アークは警戒しながら、音のする方へと慎重に進んだ。峡谷の奥は、夕闇が迫り、さらに視界が悪くなっていた。
魔王の密命とガザムの執念
その頃、アークの世界を支配する魔王の居城では、不気味な空気が漂っていた。広大な「アークの世界」を管轄する魔王は、その支配領域において絶対的な力を誇っていた。
「導き手の小僧が、西の山岳地帯に向かってるとか。ちっ、しぶとい奴だべさ。」
魔王は、彼の配下である魔物将軍ガザムからの報告を受け、不機嫌そうに唸った。ガザムは、
全身を漆黒の鎧で固めた、巨大なオーガのような
姿の魔物だ。その顔には無数の傷跡が刻まれ、
その片目からは不気味な光が漏れていた。
「恐れながら、魔王様。あの小僧、確かに力を得たようです。魔物の群れから逃げ延びたとの報告も入っております。」
ガザムは、その巨体に見合わぬ敏捷さで膝をつき、平伏したまま報告を続けた。
「ふん、小賢しい。だが、所詮は目覚めたばかりの力だべさ。我らが脅威にはなりえん。それよりも、あの剣士の居場所は掴めたのかい?大いなる闇の君主様の命令は絶対だべさ。奴が導き手と合流する前に、必ず潰せと。」
魔王の言葉には、苛立ちが混じっていた。
あの剣士は、魔王にとっても警戒すべき存在だった。彼は「古の誓い」を継ぐ者の中でも、
特に強大な力を持つとされている。
「はっ!あの剣士の動向については、目下、精鋭部隊を差し向け、捜索に当たらせております。近隣の集落にも、徹底的な情報網を敷き、彼が姿を現せばすぐにでも…」
「言い訳は聞きたくはないべさ。結果を出せ。あの小僧とあの剣士が合流するなど、あってはならんことだべさ。特に、あの聖なる湖の聖徒まで加わる前に、完全に芽を摘んでおけ。彼らが接触する前に、一人ずつ始末しろ。」
魔王の瞳が、血のように赤く輝いた。彼の言葉には、抗いようのない絶対的な命令が込め
られていた。
「承知いたしました!このガザム、命に変えても、導き手とあの剣士を始末してみせます!」
ガザムは立ち上がり、巨大な斧を肩に担ぐと、居城の奥へと消えていった。彼の後ろ姿からは、
獲物を狙う獣のような、獰猛な殺気が発せ
られていた。魔王は、不気味な笑みを
浮かべながら、闇に包まれた居城の窓から、
西の山々を遠く見つめていた。
「フフフ…抗ってみるがいいべさ、導き手よ。お前たちの運命は、すでに我らが掌の中にあるのだべさ。」
「あの剣士」の鍛錬と運命の出会い
一方、峡谷のさらに奥深く、人里離れた洞窟の中で、一人の男が黙々と剣を振るっていた。その男の体からは、研ぎ澄まされた剣気と、確固たる意志が発せられている。これが、旅の女将が語った
「剣を極めた者」――あの剣士だった。
彼の素手から放たれる剣技は、風を切り裂き、
岩壁に深い傷跡を刻む。修行によって鍛え
抜かれた肉体は、どんな困難にも屈しない
鋼の意志を宿していた。彼は、自身に課された
「古の誓い」を果たすため、来るべき日のために力を磨き続けている。
「……この地も、そろそろ潮時か。新たな導きの兆しを感じる…」
剣士は、一瞬動きを止めた。彼の鋭い五感が、遠くで起こっている異変を察知したのだ。それは、魔物の気配と、それらに追われる人間の微かな波動。
そして、その人間の波動の中に、彼が探し求めていた「導き手」の証を感じ取っていた。
彼は剣を鞘に収め、洞窟の入り口へと向かった。
その表情は厳しく、彼の瞳の奥には、故郷の悲劇と、仲間への固い決意が宿っている。
「ようやくか…。導き手よ、お前がどれほどのものか、この目で確かめてやる。」
剣士は、風が吹き荒れる峡谷の中へと足を踏み出した。彼の向かう先には、魔物将軍ガザムが放った魔物の群れ、そして、満身創痍で必死に耐える導き手アークの姿があった。運命の出会いが、刻一刻と近づいていた。
絶体絶命、迫りくる危機
アークは、峡谷の奥へ進むにつれて、魔物の気配が濃くなっていくのを感じた。そして、突然、闇の中から複数の魔物が飛び出してきた。
「くそっ、またか!」
数は五匹。先ほどのアークが遭遇したゴブリンとは異なり、より獰猛で、素早い動きをする魔物たちだった。アークは必死に木の枝を振り回して応戦するが、多勢に無勢。みるみるうちに追い詰めら
れていく。
「うわっ!」
魔物の一匹が放った爪がアークの腕を掠め、
鋭い痛みが走った。血が滲み、アークはよろめく。彼の「導き手」の力も、これほどの多勢を相手にするには、まだ不完全だった。
「あかん、もう限界や…!」
アークの意識が朦朧としてくる。魔物たちが、
飢えた目で彼を取り囲み、今にも最後の襲いかかりを仕掛けようとしていた。彼の脳裏に、故郷の情景が、そしてエルトンの顔がよぎる。
「くっ……!」
その時、背後から強烈な剣気がほとばしった。
「雑魚どもが、道を塞ぐな!」
地響きのような声が峡谷に響き渡り、稲妻のような速さで何かが魔物の群れを切り裂いた。アークの目の前で、魔物たちが次々と切り刻まれ、断末魔の叫びを上げて倒れていく。
アークは、かろうじて顔を上げた。そこに立っていたのは、見慣れない男の背中だった。漆黒の衣を纏い、背中には大きな剣を背負っている。その男から放たれる圧倒的な威圧感は、アークがこれまで出会ったどんな存在よりも強く、そして、どこか悲しい響きを持っていた。
「こ、この人は…まさか…」
男はゆっくりと振り返った。その顔は険しく、
アークを射抜くような鋭い眼差しを向けていた。
「導き手か。随分と、お粗末な戦い方だな。」
男の言葉は突き刺さるように厳しかったが、
アークを囲んでいた魔物たちは、彼の一撃で全滅していた。アークは、彼の持つ力が、自分が求めていた「剣を極めた者」のそれだと直感した。
運命の出会いが、嵐の峡谷で、今、果たされた。
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