第7話 険しき山道と差し迫る影
西へと続く道は、日を追うごとに険しさを
増していった。なだらかな丘陵地帯は終わりを
告げ、目の前には岩肌がむき出しになった
山々が連なる。空は厚い雲に覆われ、
時折、冷たい風がアークの体を吹き抜ける。
女将から聞いた「剣を極めた者が住む」
という地の噂が、彼の心を奮い立たせていた。
アークの「導き手」としての力は、この険しい自然の中では、彼にとって何よりも頼りになるもの
だった。岩場のわずかな足がかり、隠れた水源の
発見、そして何よりも、遠くから近づく魔物の
気配を察知する能力。以前なら為す術もなく恐怖に怯えるばかりだったアークも、今ではその力を
信じ、慎重に、しかし確実に前へと進んでいた。
夜は、岩陰や小さな洞窟を見つけて野宿をした。
凍えるような寒さと、獣の遠吠えが響き渡る闇は、相変わらず彼の心細さを募らせたが、
もう以前のような絶望感はなかった。
身体が疲れ果てても、彼の心は故郷と、
まだ見ぬ仲間への思いで満たされていた。
闇の眷属の蠢動
その頃、アークの世界を支配する魔王の居城では、不気味な空気が漂っていた。広大な
「アークの世界」を管轄する魔王は、その支配領域において絶対的な力を誇っていた。
「導き手の小僧が、西の山岳地帯に向かっているだと?ちっ、しぶとい奴め。」
魔王は、彼の配下である魔物将軍ガザムからの報告を受け、不機嫌そうに唸った。ガザムは、全身を漆黒の鎧で固めた、巨大なオーガのような姿の魔物だ。その顔には無数の傷跡が刻まれ、その片目からは不気味な光が漏れていた。
「恐れながら、魔王様。あの小僧、確かに力を得たようです。魔物の群れから逃げ延びたとの報告も入っております。」
ガザムは、その巨体に見合わぬ敏捷さで膝をつき、平伏したまま報告を続けた。
「ふん、小賢しい。だが、所詮は目覚めたばかりの力。我らが脅威にはなりえん。それよりも、あの剣士の居場所は掴めたのか?大いなる闇の君主様の命令は絶対だ。奴が導き手と合流する前に、必ず潰せと。」
魔王の言葉には、苛立ちが混じっていた。
あの剣士は、魔王にとっても警戒すべき
存在だった。彼は「古の誓い」を継ぐ者の中でも、特に強大な力を持つとされている。
「はっ!あの剣士の動向については、目下、精鋭部隊を差し向け、捜索に当たらせております。近隣の集落にも、徹底的な情報網を敷き、彼が姿を現せばすぐにでも…」
「言い訳は聞きたくはない。結果を出せ。あの小僧とあの剣士が合流するなど、あってはならんことだ。特に、あの聖なる湖の聖徒まで加わる前に、完全に芽を摘んでおけ。彼らが接触する前に、一人ずつ始末しろ。」
魔王の瞳が、血のように赤く輝いた。彼の言葉には、抗いようのない絶対的な命令が込められていた。
「承知いたしました!このガザム、命に変えても、導き手とあの剣士を始末してみせます!」
ガザムは立ち上がり、巨大な斧を肩に担ぐと、居城の奥へと消えていった。彼の後ろ姿からは、獲物を狙う獣のような、獰猛な殺気が発せられていた。魔王は、不気味な笑みを浮かべながら、闇に包まれた居城の窓から、西の山々を遠く見つめていた。
「フフフ…抗ってみるがいい、導き手よ。お前たちの運命は、すでに我らが掌の中にあるのだ。」
山道の試練
アークは、さらに標高の高い場所へと足を進めていた。山道は細く、一歩間違えれば谷底へと転落しかねない危険な場所が続く。周囲には巨大な岩が転がり、深い霧が立ち込めることもあった。しかし、アークの「導き手」の力が、微かな魔力の流れを感じ取り、彼を正しい道へと導いていた。
ある日、アークが細い山道を歩いていると、突然、頭上から大きな影が落ちてきた。
「ぐわぁぁぁ!」
獣の咆哮が山に響き渡り、巨大な翼を持つ魔物が、アークの頭上を旋回している。それは、魔王の眷属、ワイバーンだった。その鋭い爪と牙は、岩をも砕くほどの破壊力を持つ。
アークは咄嗟に身をかがめ、迫りくる爪を
かわした。
「くそっ、こんなとこで!」
ワイバーンは、再び旋回し、今度は炎のブレスを吐きながらアークに襲いかかった。熱気が肌を焼き、アークは間一髪で岩陰に飛び込む。
(あかん、このままじゃやられる!何か、手ぇないんか…!)
彼の「導き手」の力が、周囲の環境を瞬時に分析する。ワイバーンは確かに強力だが、その動きには規則性がある。そして、この狭い山道は、
ワイバーンにとっても身動きが取りにくいはずだ。
アークは意を決した。彼は、ワイバーンが次に炎を吐き出すタイミングを予測し、その瞬間に岩陰から飛び出した。狙いは、ワイバーンが体勢を立て直すわずかな隙。
「うおおおっ!」
アークは、身体に宿る微かな光を右腕に集中させ、拾い上げた鋭い石の破片を投げつけた。それは、ワイバーンの翼の付け根、わずかな隙間を狙ったものだった。石片は、まるで意思を持ったかのように、正確にワイバーンの翼膜を掠めた。
「ギャアァァァ!」
ワイバーンは甲高い悲鳴を上げ、バランスを崩した。翼に傷を負ったワイバーンは、うまく飛べなくなり、そのまま近くの崖へと激突した。大きな音と共に岩石が崩れ落ち、ワイバーンの姿は闇へと消えていった。
アークはその場に崩れ落ちた。息も絶え絶えに、
荒い息を繰り返す。
「やった…俺、やったんか…?」
満身創痍の体だが、アークの瞳には、確かな光が宿っていた。単なる逃走ではなく、自らの「導き手」の力を使い、魔物を退けたのだ。それは、彼にとって大きな自信となった。
山道はまだ続く。しかし、アークの心は、もはや恐怖に囚われてはいなかった。彼の前には、まだ見ぬ仲間との出会いが、そしてその先には、世界を救うという大きな使命が待っている。アークは、強く握りしめた拳をゆっくりと開き、遠く西の空を見上げた。
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