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「アダプターをつける時だけは若干煩わしかっただろうか、チップ自体は5ミリ平方程度のものだし、つけているという実感はないそうだ。基本的に、こちらから彼女の感情に働きかけることはなにもしない。あるがままの人の感情を収集することが目的だった」
「なんで藍が……」
「変化していく人間のサンプルを長期的に集めるのには、ある程度人格形成ができてしまっている大人よりも、成長過程にある子供の方が適していたんだ。たまたまうちには子どもがいたから、サンプルに選ばれた。目の届くところにいれば、不測の事態にもすぐに対応できるしな」
「あんたも、そうやって感情を集められてきたのか?」
「俺は幼いころから優秀だったから、一般的な児童のサンプルとしては不適当とみなされた。その代り5歳で渡米して飛び級で学籍をおさめ、父のいる開発者チームに加わることになった」
「頭いいんだな」
素直に感心した陽介に、木暮は、軽く笑んだ。その表情からは、教諭をしていた時よりも幾分か気安くなっている様子がうかがえる。
「藍の事故をきっかけに、研究は急速に進められた。おかげで、2年前、ようやくアンドロイド作成の最終段階に入ることができた。そこで我々は、今まで集めてきた藍のデータをこのアンドロイドに移植し、なおかつ人としての生活の中で行動と感情をアンドロイドが学習して新しく作り出せるかの研究にうつった」
「学習して作り出す……俺、あんまり詳しくないですけど、もともとがAIって学習してタスクを増やすことができるものなんじゃないものですか?」
「そう。だが今までのそれは、あくまで学習した複数の事象を組み合わせて最適解を選び出していくシステムだ。我々が研究しているのは、人間が外部からの干渉にたいして通常持ち得る普通の感情についてだ。一番難しかったのは、忘れる、という現象だな。AIは一度覚えたことは忘れないが、人間は忘れる。生身の人間でも忘却は個体差が大きい」
次第に独り言のように木暮は続けた。
「感情を持ったAI……」
陽介の眉間にしわがよる。
陽介の知っている藍は、くるくると表情を変え、悲しい、嬉しいの感情を存分に表現できる少女だった。
それが、全部ソフトで作られたものだったとは、とうてい信じられない。
「アンドロイドとして制作され藍の記憶を持ったこの藍を、高校生として学校へと入学させた。俺は、そのお目付け役として養護教諭になった。藍がお前といて倒れた時、俺がいたのは偶然じゃない。この藍は、常に俺の監視下にあったんだ」
そう言って木暮は、手にしたスマホをぶらぶらと振ってみせた。
「彼女に何かあれば、すぐにこちらに信号が送られるようになっている」
「自分の娘を……研究材料にしたのかよ」
おもわず陽介の口からつぶやきが漏れる。木暮は、表情を変えることなく淡々と続けた。
「研究材料と言われればそれまでだが、このアンドロイド開発の責任者である父は、娘を溺愛していたよ。サンプルのためではなく、一人の親として。もちろん、母も俺も……藍は、家族に愛されて育った本当に普通の女の子だった。藍がいつ目覚めるかわからないと知った時、父はこの計画をついに実行することを決定した」
「本人に意識がないのに、か?」
「ないからこそ、だ。眠っている間にも、藍の体は成長し続けている。自分では経験できないまま過ぎてしまう学生としての思い出を、作ってやりたかったんだそうだ」
「思い出……」
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