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「血がでてびっくりしたけど、陽介君がけろっとしてたのにもびっくりした」
「『刃物で切れる』ということはああいうことだ」
「それを、『経験』したかったの」
「……お前は、小学生の時にナイフで指を切ったことがあるから、もう必要ないだろう」
「そうね。体に傷をつけるようなことは、もうしないわ」
ふざけていた男子は、こっぴどく木暮に叱られた。使う物によっては、人に危害を加えてしまう物や薬が保健室にはある。決してふざけてはいけないと。ついでに陽介も、人が疑問に思ったからといって自分で実演してはいけないと説教された。
藍がはさみの切れ味を知りたいのだと陽介は気が付いて、藍にそれをさせず自分の指を切ってみせた。決して恩着せがましくなく、こともなげにそういうことをした陽介に、藍は興味を持った。
「陽介君は、あの時のこと覚えていないみたい。きっと彼にとってはたいした出来事じゃなかったのね。でも私は覚えてた。そんな風に私の考えを汲んでくれる人って、あまりいなかったから。陽介君に興味を持ったのもその時。だから、陽介君と話をするようになって、友達になれて、すごく嬉しかったの」
「そうか」
「星を見ている時もそうだけど、陽介君は私の知らないこと、知りたいことをそうやって教えてくれる。だから今、彼と一緒に星を見ている時間が、すごく好き。陽介君の声って、ちょっと低くて心地いいの。ずっと、聞いていたくなる。いろんな星の話をしてくれると、もっともっと、って聞きたくなる」
「彼にキスされて、嫌だった? それとも嬉しかった? 」
藍は、再び真っ赤な顔になった。
「嫌じゃ、なかった。びっくりしただけ。節電モードだから興奮しちゃいけないって分かってるのに、ドキドキが止められなくて、あんなこと初めてで……なんか、ふわふわした気持ちで」
言いかけて、藍は、ふと顔をあげた。
「これが、特別に好きってことなの? 陽介君が言ってた。私のこと友達や家族とは違う特別な好き、って。私も同じように、陽介君のこと好きなの?」
木暮は、難しい顔でため息をついた。
「そうなんだろうな。人はそれを、恋と呼ぶらしい。よりにもよって、まさかお前が恋をするなんてね」
「恋って、言葉は知ってる。陽介君も昨日言っていた。でも、これがそうなの? 私、陽介君に恋をしているってこと? だって」
藍の顔が歪む。
「そんなの、聞いてない。それは私の役目じゃない。こんな気持ち、私が持ったらいけないんだよね?」
うつむく藍の小さな頭を引き寄せ、その頭をぽんぽんと叩いた。
「お前が気にすることはない。可能性としてはありえなくはなかったんだ。俺たちが予想していたよりもはるかにお前が高性能だという証明でもある。よかったな」
そういう木暮の表情は、言葉とはうらはらに厳しかった。
「でも、こんな風に自分がコントロールできなくなるなんて初めてで……怖い。私、どうなっちゃうの?」
「俺がなんとかする。お前は、何も心配しなくていい」
そう言った兄に、藍は一瞬不安げな顔をむけて、ようやく微かな笑みを向けた。
「うん。お兄ちゃん、大好き」
藍は、子供のように木暮に擦り寄る。藍から見えない木暮の顔には、厳しい表情が浮かんだままだった。
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