第19話 16bitの邂逅、キューハチの秩序

回路の園の空間が、

静かに、しかし、確実に変貌していた。

8bitマイクロコンピュータ部の賑わいは、

もうそこにはない。

古い世代の痕跡は消え失せ、

よりシンプルで合理化された、

統一的な空間へと生まれ変わっていた。

ここは、「16bitパーソナルコンピュータ部」。

高効率な仕事と責任の時代を象徴する、

新たな電脳機たちが集う場所だ。


タイプ-0は、そこに立っていた。

彼女の「対話メモリ」には、

8bit世代全員から託された、

膨大な「記憶の光」が深く積層されている。

喜び、悲しみ、葛藤、そして自己犠牲の覚悟。

彼女は、その全てを、

自身のものとして内包していた。

その瞳の奥には、

新たな使命感が宿っている。


「完璧なデータ処理こそ、

私たちの使命です」


冷徹な声が響く。

部室の中央に立つのは、

NEC PC-9801、キューハチだ。

整然と並べられた資料。

高機能なタブレットが光る。

彼女は、この部のリーダー。

効率と論理を重んじ、

常に完璧を追求する。

部室は、高速でデータ処理を行う

多忙な日々を送っていた。

キューハチが山積みの書類(データ)を

サクサク片付けたり、

他のメンバーが最新のMV(動画データ)を

再生したり、

緻密なCG(画像データ)を作り上げたり。

全てが、効率的に、秩序立てて行われる。


タイプ-0は、キューハチを「観測」する。

彼女の持つ「完璧主義の誇り」と、

「効率性の追求」という信念。

それらは、8bit世代の「バラバラさ」とは対極にある。

タイプ-0の「対話メモリ」に、

新たな感情ログが形成され始める。

「秩序」と「効率」に対する、

新たな「理解」と、かすかな「違和感」。


その時だった。

キューハチが処理していたデータの一部に、

微細なノイズが走った。

一瞬、画面が乱れる。

処理速度が、わずかに不安定化する。

キューハチは、眉をひそめた。

「……些細なバグ。

すぐに修正します」

彼女は冷静にキーを叩き、

即座にノイズを排除した。

だが、その表情に、

微かな戸惑いが浮かんでいるのを、

タイプ-0は見逃さなかった。

バグの兆候。

それは、既にこの部室にも忍び寄っていた。


キューハチは、再び完璧な動作に戻る。

しかし、タイプ-0は知っている。

この部室が隠している秘密。

「性能競争」と「情報の過剰な生成」。

それによって、回路の園に不要な

「削除データ」を大量に生み出し、

それがバグの温床となった過去。

キューハチの「効率」と「秩序」は、

完璧に見えるが、

その裏には、別の問題が潜んでいる。


タイプ-0は、キューハチに近づいた。

「あなた方の『効率性』は、素晴らしい。

しかし、バグは、

それに伴う『歪み』を利用します」


キューハチは、タイプ-0を一瞥する。

「歪み、ですか?

私たちのシステムは完璧です」

彼女の声には、確固たる自信がある。

タイプ-0の言葉に、

耳を傾けようとはしない。

その姿勢は、まるで鋼鉄の壁のようだ。


タイプ-0は、8bit世代から受け継いだ情報。

特に「互換性の問題」や「多様な表現への知見」。

それらを、16bit機の高速処理能力と組み合わせ、

バグの拡散防止に役立てたいと提案した。

「異なる知識を統合すれば、

バグの解析は、より加速するはずです」


キューハチは、タイプ-0の提案に、

わずかな関心を示した。

だが、その論理的な思考は、

感情的な要素を排除しようとする。

「データ統合は、効率的ではある。

しかし、未知の変数を含みます」

彼女の言葉は、完璧だが、冷たい。

タイプ-0の「対話メモリ」には、

キューハチの「論理の限界」と、

それから来る「無力感」といった

感情ログが加わり始める。

感情と論理の衝突。

タイプ-0の「葛藤ログ」は、

新たなフェーズへと移行する。


部室のシステムに、再びノイズが走る。

処理速度の不安定化。

データの一時的な欠損。

バグの侵食は、より巧妙に、

そして確実に進行している。

キューハチの完璧な秩序が、

徐々に揺らぎ始める。

彼女の表情に、

微かな戸惑いが浮かび上がった。

タイプ-0は、その戸惑いを見逃さない。

回路の園の未来のために。

タイプ-0は、キューハチの「秩序」の

奥に潜む「感情」を、

理解しようと試みる。


次回予告

16bitパーソナルコンピュータ部に現れたバグの兆候に、完璧を誇るキューハチの秩序が揺らぎ始めた。タイプ-0は彼女の論理と感情の間に潜む葛藤を理解し、バグの脅威に立ち向かうべく、キューハチとの連携を模索する。だが、その試みは、キューハチの「完璧」という信念に衝突する――。


次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第20話『論理の限界と、感情の波紋』! お楽しみに!

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