第34話 「今」と「今は」

「恋人役ということは、恋人っぽく過ごす必要があるということで。そういうわけで、アンディ、じゃなかった、ええと、リアム。ニーナとデートしてきなさいよ。せっかく今日のニーナ、かわいい格好しているんだから」

 と、マーガレット先輩命令を受けて、わたし、リアム様とデートです……。

 何が、そういうわけなのか、全然全く分からないんだけど。

 まあ……でも、お父様とお母様に会う前に、リアム様と恋人っぽい雰囲気が出るようにしておく必要は……ある、わよね……。

 なーんて、単純にデートが嬉しいっていうのもあるかな……。

 あ、いや、好きとかそういう感じじゃなくて。

 あ、もちろん、好意はあるけど。

 リアム様、かっこいいし、優しいし。

 ……アンディ兄様と、デートとか、してみたかったなとか思うし。

 ええと……。

 照れながら、魔法学校の馬車に乗り込む。

 今回もお借りしましたよ……って、関係ないか。

 リアム様と、街を散策して、本屋さんとか雑貨屋さんとかを見て回って。

 それで、ちょっと疲れたから、休憩がてら、カフェに入った。

 店員さんのおすすめのケーキとサンドイッチを一つずつ注文して、リアム様と半分ずつ分け合って食べる。

 うん、恋人っぽい……と思うんだけど……どうかな。

 リアム様をちらっと見れば、実においしそうにサンドイッチを頬張っている。

 美形、なのにね。小動物みたい。

 もふもふ食べて、にこにこして、コーヒーを飲んで。

 うん、なんか……すっごく嬉しそうっていうか楽しそう。

「リアム様、楽しいですか?」

 思わず聞いてみた。

「えっ!」

 わたしとのデートが楽しいのなら……ちょっと嬉しいなって思ったりして。

「あ。いや、その……」

 なんか、頬まで赤くなっているけど。

 んーん、こうして見ると、アンディ兄様とリアム様って、似ているようで似ていないかも。

 アンディ兄様はいつも穏やかに笑っていたけど。

 リアム様は……美形なんだけど、ちょっとかわいい感じがして……って、外見年齢二十歳前半の男の人に使う言葉じゃないか。というか、推定年齢五百歳以上なんだけどね。おじーちゃん……というのは違うか。不老不死だし。

 思わずじっと見ていたら、リアム様が頬を赤らめたまま、言った。

「うん。楽しいなって……。このまま、こんなふうに生きていけたら、不老不死でもいいって思っちゃうよね」

 リアム様の言葉にわたしはなんて返事をしていいか、わからなくなった。

 今は、楽しい。

 だけど、前は?

 実験動物扱いで。

 普通なら死ぬほどの怪我もして。

 奴隷扱いで。

 ナイフとかで刺されたり。

 ……壮絶な人生を送ってきたリアム様。

 わたしの顔色がさっと変わったのを見て、リアム様は自嘲するみたいにちょっと笑った。

「不老不死なんて、もう勘弁してほしいってさ。ずっとホントは、こんなつらいだけの長い人生を……さっさと終わらせたかったんだけどね」

「リアム様……」

 人生を終わらせたい。

 つまりは、死にたいってこと。

 そう思うくらい、ひどくつらい人生だった。

「実を言うとね、長い寿命なんてアンディにあげて、ボクはさっさとこの命を終わらせたかった。それか、アンディと分け合いたかった。だけど……」

「だけど……今は、違うんですか?」

「うん。毎日が楽しいよ。アンディが亡くなったことは悲しかった。病に耐えて、それでも優しくて穏やかなアンディが死んで。不老不死なんて、自分ではこれっぽっちも望んでいないボクが延々と生き続けているなんてさ。もしも神様ってものがいるなら呪いたくなるくらいだったけど、今はね、とても楽しい」

 微笑んだリアム様は……すごく優しい顔をしていた。

「アンディのふりをして、ニーナの兄代わりになって。Sクラスのみんなと毎日ワイワイと魔法のことを話して……。なんて楽しいんだろうって、毎日感動してるんだ。このままでいたいって、ずっと思うんだ」

「リアム様……」

 わたしも、ミュリエルや先輩たちと過ごすのがすっごく楽しい。

 リチャード様にいじめられて、暴言を吐かれて。そんな毎日と比べると、今の暮らしはまるで天国にいるみたい。

 このまま、ずっと。

 時を停めて、みんなでこのまま楽しく過ごせたらって、心からそう思う。

 リアム様の、つらい過去と今を比べて、わたしと同じようにしあわせを感じているのかもしれない。

「リアム様、今、しあわせですか?」

 聞いてみた。

「うん。今は、しあわせだ」

 今、しあわせ。

 今は、しあわせ。

 微妙に異なる意味の差。

「今は、しあわせだ。だから……」

 リアム様は、「今は」と繰り返した。

 コーヒーを一口飲んで、それからわたしから視線を逸らして。リアム様は呟くように言った。

「……あとどのくらい、このしあわせが続くのかなって、そう考えるとね、ちょっと怖いな」

 ずっと、このまま、しあわせが続きますよ。なんて、言えなかった。

 だって……百年は、続かない。

 わたしの兄代わり。

 Sクラスのみんな。

 わたしたちには、寿命がある。

 いつか、死ぬ。リアム様を残して。

 わたしたちが死んだ後も、リアム様は不老不死の魔法が解除されない限り、生き続ける。

 一人で。

 そして、また、実験動物扱いされないだろうかと、きっと、心のどこかで怯えながら。

 だから……「今は」なんだ。

 ずっと、永続するしあわせなんて、信じていない。

 わたしが、今、しあわせなのは、リアム様のおかげ。

 そして、お父様とお母様に対峙するこの先でだって、リアム様のお力をお借りする。

 たくさん助けてもらって、更にまた助けてもらう。

 ……わたしが、リアム様にしてあげられることは、受けた恩を全部返すことは無理でも。

 少しでも、リアム様のしあわせが長く続くように、できることは、何かないのだろうか……。

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