第23話 閉館のフィナーレ

 彼女と話していると突然、地鳴りと共に迷宮神殿の広間が揺れた。

 

「神殿の封印が解けたようだ」

「じきにこの神殿は崩壊するぞ」


 横からの突然の声に、二人は地鳴りよりも驚いて声をあげた。


 半魔獣の男が天井を見上げながら、腕を組んだ。


「今まで封印によって均衡を保っていた結界が解けた」

「バランスを保っていた神殿の構造が崩れたんだ」

「お前たちも、すぐにここを出たほうがいいぞ」

「早く皆を起こして用意をしろ」 


半魔獣あなた。いったい何を知ってるの?」


「詳しい話しは後だ、時間がないぞ」


 地震の揺れに目を覚ました四足の魔獣が、男の側に身を寄せた。


 慶太郎は慌てて、床に寝転がるフィフィを起こそうとするが、妖精はいっこうに起きる気配がない。

 仕方なく彼女を内ポケットに押し込んだ。


「先に行くぞ」


 と声をかけたものの半魔獣の男は、慶太郎の姿を改めて見て眉をひそめた。


「貴様が……信じられん事だ……」

 と眉を寄せた。


「しかし人間め、こんな時まで世話をかけるか……」


「ええいっ仕方がない。俺の背に乗れ」


 と半魔獣の男が言うと、にわかに男を取り巻く周辺の空気が騒ぎ出す。

 一瞬、風が吹いた―――。


 そこには、立派で美しい毛並みをもった大きな狼の魔獣が立っていた。

 胸元に王冠を連想させる月のような模様を讃えた、狼の魔獣。

 男は本来の魔獣の姿を変身させた。


「その姿はっ『野源王・ルナリス』」


 ララ・ノアが驚きの声をあげた。


「遥か昔。エルフ王と共に闘った、野源王が忽然と姿を消したと……」


 大きな狼は、首を振った。


「確かにそう言われていた時代もあったが……」

「それは遥か昔の話しだ」

「今の俺は……ただ霊廟を護る者」


「ええいっ。人間めっ早く俺の背にのれ」

「手遅れになるぞ」


 野源王の言葉に、ララ・ノアがうなずき、狼の魔獣の背に飛び乗った。


「さあ、慶太郎も早くきてっ」


 と彼女が手を伸ばす。

 差し出された手をとった慶太郎は、彼女の後ろにあたふたと乗っかった。


 大きな狼の魔獣に変身した、ルナリスの背に二人は跨った。

 

「振り落とされるなよ。人間っ」


 ルナリスの体が一瞬沈み。初動の反動で視界が風のように流れた。

 それは風に乗るように早い動きであった。


「うあぁぁぁぁっ」慶太郎は悲鳴に似た声で上げ、慌てて彼女の腰に手を回した。


 ルナリスは神殿を出て、坑道を飛ぶように駆け抜けた。

 まるで空を飛ぶように。

 やがて慶太郎たちは迷宮を出て、森の中を更に駆けた。

 

「速いっ」


 慶太郎の声が風に流れた。


「こんなにも速く駆けれるものか」


 風のように駆けるルナリスのフサフサした首につかまり、ララ・ノアは目を細めた。


「特にルナリスと呼ばれる者は足が速い。彼はルナリスの王。かつては千里の戦場を駆け、仲間たちを救ったという……」

 

 野源王・ルナリスの耳がピクリッと動く。 


「おい、おい。エルフの嬢ちゃん。それはちょっと恥ずかしいぞ……」

「ふんっ……」


 ◇


 ララ・ノアの言葉に遥か昔、まだ幼いエルフの王女と王子の二人を背に乗せ、広い高原を駆けた記憶が野源王の脳裏に甦る―――。


 王子は野源王の背で遠く彼方を見る。


「私は、父王のように強くなる。そして野源王のように風のように早く野を駆けるようになるぞ。そして、姉さまを妃にする」


 王女は王子の声に微笑を浮かべて言う。


「王子、ありがとう」

「今は自由に逢う事は出来ない二人だけれど、いつか必ず、こうして皆で逢えるようになるといいわね」

「姉さま、約束するよ。私は全てを手に入れる」

「そして必ず、姉さまを幸せにするよ」


 どこまでも続く平原を見下ろしながら、小高い丘の上で見た光景。

 紅い夕日が、小さな王子らを優しく幸せに包んでいた……。


 ◆◆◆


 森を抜けた慶太郎たちは、小高い丘の上に着いた。

 既に大きな夕陽が大森林の西に沈みかかけようとしていた。

 そこは、エルフランドが眼下に見える場所。

 急激に訪れた夜の帳が幻想の世界を包み込む。


 エルフランドの森の中から、ひとつの花火が打ち上がっると、次々に色とりどりの花火が打ち上げられた。


 大森林に大輪の花が咲く―――。


 エルフランドの閉館のフィナーレを知らせる打ち上げ花火だ。


 人間の慶太郎、エルフのララ・ノア、妖精のフィフィ、そして半魔獣のルナリス。

 丘の上で打ち上がる花火を見上げた。


「これだから人間は嫌いなのだ」

「俺とは到底、趣向が合わんな」


 と野源王・ルナリスは、遠吠えにも似た声を高らかに上げた。


「ここまで送って来てくれてありがとう。野源王」

「助かったよ」


 ルナリスの頭の上に小さな妖精が舞う。


「しかし、俺と闘った、の正体は何だったんだ?」


「あたしにも、よく判らないよ」

「何せ、あの神殿にいた精霊たち全てに御願いしたからね」


「ふんっ」


 とルナリスは一言残し、何も言わずに森の中へと姿を消していった。


「また、会えるかな?」

「迷宮や大森林を探索していれば、いつかまた逢うこともあるよ」



「では、わたしたちも、ここで解散しましょう……」


「また月曜に会社で逢いましょう……慶太郎」


 慶太郎とフィフィは彼女の後ろ姿を見送った。


「何よっ。あのエルフ剣士!」

「慶太郎のこと、馴れ馴れしく呼んじゃってさっ」


「んんんっ。あたしもっ会社へ行く!」

「おいおい。あんまり無理を言うなよ」


「じゃあボクたちもこれで……」

「フィフィもまたね」


「頼りにしてるよ、ボクの相棒」



 ――― 第二章 おわり ―――



 ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 最後まで本編を読んで頂き、ありがとうございました。

 本作は、コンテスト出品の為、第三章以降の追筆はコンテスト終了後になります。

 またのクリック、宜しくお願いいたします。

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