第22話 白いエルフの君
慶太郎は目を覚まし、飛び起きようとした。
「痛ててて……」
また気絶してしまったのか……今日は何度目の気絶だよ。
天井を見上げながら、大きな溜息をつく。
横の方から大きな岩壁で押されるような圧迫感に、ふと目をやった。
「えっ! えっ?」
迷宮の神殿で慶太郎を襲ったあの半魔獣の男が、横で無防備にも大きく開け、口元から鋭い牙が覗かせながら大きな寝息をたたている。
「な、何でこの男が?」
思わず、首を掴まれた時のあの記憶が甦り、ぶるりっと肩を震わした。
「やっと目が覚めたのね」
鈴音の声が聞え、気づくと慶太郎を見つめるララ・ノアさんの顔をそこにあった。
「体に異常は無い?」
「おかしな所は?」
心配してくれるるララ・ノアさんの表情に目をしばだたせた。
目を覚ましたボクを確認した彼女は、ほっとした表情で植物の茎で作った容器を手渡してくれた。
「これは癒樹の樹液と雫草から抽出した飲み物よ」
「回復の効果があるから飲んで」
慶太郎は柑橘系の甘い香りに鼻を鳴らして、一口、口をつけた。
「あ、甘酸っぱいっ」
ブルーベリーのような甘味に、一気に渇いていた喉を潤す。
お腹の中が温かくなり背中や指先の血液が動き出し、一気に現実の世界に戻ったような、ほっとした心持ちになった。
「慶太郎、あなた……やっぱり何も覚えてないのね」
ララ・ノアさんの言葉に慶太郎は、すまなそうに頭を掻いた。
「本当に何も……途中から記憶が無くなって……覚えていない」
「あなたの妖精がやったのよ……」
「フィフィが?」
フィフィの詠唱……。
その時の事を思い出そうにも、頭の中には白い霧がかかり画像が浮かばない。
ただあの時、何かの言霊が聴こえた気がする、そして、てつもない強大な力が湧きあがり体を包み込んだ。
その言霊は今にも爆発しそうな自信とパワー、そして揺るがない強さが入り混じった感覚であった。
「覚えていないのは、仕方がないのだけれど」
「でも……むしろ、知らないほうが良い事もある……わね」
と、彼女は何やら言葉を濁し、顔を隠す仕草でうつむいた。
ララ・ノアさんって……こんな顔だったか?
まるで公園に咲く花のような……感じ。
突然、彼女の瞳が興味深げにボクを見た。
「この妖精は、いったい何なの?」
「わたしも初めてみる力だったわ」
◆◆◆ 白いエルフの君
迷宮神殿の広間は静けさが漂っていた。
床の上に寝転がる半魔獣の男、四足の魔獣、そして妖精のフィフィ。
ララ・ノアさんとボクは、何も無い神殿の静かな空間で二人きりだった。
まだ皆は起きそうにない。
「あのう。ララ・ノアさん」
「これ、ありがとうございました」
「……また、あなたに助けてもらいました」
と手に握ったピンク色の結晶石を差し出した。
「これララ・ノアさんが、ボクに握らせてくれたんですよね」
彼女が小さくうなずく。
「これは……あなたが私を助けてくれた事のお返しよ」
と肩を少し上げた彼女は、うつむきがちに小さな声で彼女はつぶやいた。
「こ、これっ回復効果がある結晶石ですか」
「すごく癒される感じがしますね……」
彼女は、顔を上げた。
「慶太郎の言うとおり、この結晶石は怪我や病気を治癒する効果があるの」
「わたしが子供の頃から御守りみたいに身に付けている石」
感心して結晶石を見つめる慶太郎に、「他にもう一つ。あるのよ」と彼女は、胸元から何かを取りだした。
「この結晶石は、悠久の昔からエルフ族が大切にしている結晶石」
「親が子供の為に願いを込めて、贈る品なのよ」
「これは、わたしの一族が代々引き継いでいる結晶石」
彼女の胸元から、青く輝く石が現れた。
慶太郎は、彼女が差し出した結晶石に目を丸くした。
「古の伝承では、遥か彼方にある星の石とも呼ばれているわ」
「この結晶石は、その持ち主を護ってくれるといわれる、とても大切な結晶石なの」
慶太郎は、その青く輝く結晶石を息を呑んで見つめた。
やっと逢えた……。
ずっとずっと憧れて何度も何度の夢にみる、あの少女の姿。
逢いたかった、白いエルフの君に……。
慶太郎は慌てて、内ポケットにしまってある自分の結晶性を取りだし、彼女の見せてくれた結晶石の横に並べた。
彼女は並べた結晶石を見て、目を丸くした。
そして、不思議そうに首を傾げた。
「これは、月を守護する我が一族が所有する、珍しい結晶石の欠片」
「どうして……慶太郎がこれを……」
「それに、こんなにも輝きを満たしているなんて……」
「迷宮にいる魔物に対して、護り石として有効なのだけれど」
「この石は使い手を選ぶ……」
「強力な魔物封じの術を施しているこの石は本来、エルフ族にしか扱えぬ品」
慶太郎は、石を見つめながら胸の奥がざわめくのを感じた。
迷宮での出来事は、ただの偶然ではなかったのかもしれない。
今までの事は、よく覚えてはいないが、音も無く深く暗い闇から自分を護るように光輝いた石。実はあの時、何かが起こった。
幾度となく暗闇から自分を救ってくれた、この石。
「慶太郎。あなた、どうしてこの結晶石を持っているの?」
「これはボクが子供の頃、森の中で出会った少女から預かっ石です」
慶太郎は言葉に詰まった―――。
「
石の大きさこそは違え、金銀の輝きを散りばめ、星々の輝きを詰め込んだ希少な結晶石。同じ輝きを放つ結晶石は唯一無二、他にはない。
彼女は、二つの結晶石を手に取ってみた。
そして、小さく首を横に振った。
「確かに、わたしの一族だけが所有する結晶石だけれど……」
「決して他人には渡したりはしない品なのよ」
「それは、この結晶石が自分自身のような品だから……」
慶太郎の目に涙が溢れた。
思わず手で涙を隠す。
積み重なった熱い想いが込み上げ、一気に溢れだしたかのようだった。
ずっと探していた、白いエルフの君に再会できたと思ったのに……。
「泣かないで……慶太郎」
「この結晶石は、とても希少な品なの」
「わたしの一族でも所持している者は、そう多くはない」
「そんなに、その少女に逢いたいのなら、わたしも一緒に探してあげる」
彼女の言葉に、返す言葉が詰まった。
ララ・ノアさんのその心配そうな顔……。
その時ボクは、あの森で出会った少女が浮かべた表情と、目の前の彼女の優し気な表情と重ねた。
ボクは涙が滲んだ目で、彼女のその美し気な瞳を見つめた……。
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