第2話
ヴィンセントが目を覚ますと、ひんやりとした空気が肌に触れた。
視界が変だ。床が近い。手を動かそうとすると、指ではなく、小さな前足がぴくりと動いた。そこで自分がネズミの姿であることを思い出す
ネズミに憑依したことは何度もあったが、この状態で目覚めるのは初めてだった。
ヴィンセントは元々孤児院育ちだった。使える魔法もコップ1杯の水を出すとかランプに火を灯すとか、生活がちょっと便利になる、誰でも使える程度のものだ。学もなく大した魔法の才能もない。そんな彼でも12歳で孤児院を出て、住み込みで宿屋の下働きをしながら、なんとか生きていた。
しかし、ヴィンセントには一つだけ特別な才能があった。それは特異魔法を使えることだ。
特異魔法は100人に1人程度の割合で発現する。その発現する魔法にも多くの種類があり、どれもが珍しい魔法であるが、決して唯一無二というわけではない。英雄と讃えられる冒険者の切り札になるようなものから、全くもって「それ何に使えるの…?」というものまで様々だ。
彼の魔法も大したものではなかった。特異魔法『憑依』。その対象はせいぜいネズミや猫、虫などの小さな生き物にしか憑依できなかった。感覚としては、自分の魂の一部を流し込んで相手の魂を押さえ込むような感じだ。なので人間などの強い意志を持つ相手には使うことはできなかった。
しかし、なかなかに楽しくて便利なものだった。ヴィンセントは毎夜ネズミに憑依して、宿の中や周辺の家で噂話を集めたり、ものを動かすなどのちょっとした悪戯をして遊んでいた。
そしてある晩、いつものように自室である宿屋の物置で寝ながらネズミに憑依して遊んでいて気がついた。
憑依しているネズミを伝って、別のネズミにも本体から魂を流し込める。
最初は2匹、次は3匹、気づけば10匹以上。
これはすごい!
別個体のネズミであっても自分の魂で繋がっている。あいつが僕で、僕があいつ状態だ。視界が広がり、自分の存在が拡散していっている不思議な感覚!
気がつけば、ヴィンセントは宿屋にいるネズミたちを全て操ることができた。
まだまだ体には魂が残っている感じ。どこまで行けるか知りたくなった。ネズミたちとなったヴィンセントは宿から飛び出し、町中のネズミに憑依していった。
1000匹を越えたぐらいからは数えていない。ネズミ1000匹いても人間1人分の魂にもならないんだな、と思いつつ、ヴィンセントは限界までネズミに憑依していった。限界まで憑依したあとは、街の色々な所に潜り込んで盗み聞きをしたり、悪戯をしたりして楽しんだ。
ある程度満足して、そろそろ元に戻るかな、と思ったところで、元の肉体への繋がりがないことに気がついた。
(なんだ? どうしてだ? 体から離れすぎたかな?)
宿屋周辺は殆ど知っていたので、宿屋の付近には憑依させたネズミはいなかった。比較的近くに居た個体たちで肉体を確認しにいくと……、
宿屋がめちゃくちゃ燃えていた。
それはもう、轟々と。残っている人は助からないというのが一目でわかるほどに。
そして、一晩明けて現在に至る。
(案外、肉体がなくなっても大丈夫なもんだな…)
後悔しても、もうどうにもならない。肉体は燃えてしまった。恐らく多分間違いなく、肉体はもう死んでいる。現に肉体との繋がりは全く感じない。
しかし、なぜかこうしてネズミの姿で意識がある。
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