第七楽章: アンダンテ・コン・ミステロ

 さいとの再会を終えたあと、しずくひなたとショッピングを楽しんでから、自宅へと戻った。

 彩は、食事のあと「仕事があるから」と言ってそのまま帰っていった。

 ――アルコール、飲んでたのに?――と一瞬思ったが、もともと彩はお酒に強く、あの程度の量ではまったく問題ないらしい。

 それに、彼女の「仕事」とは、フリーランスの芸術家として、自宅で作品を仕上げることのようだった。


 ――不思議な人だったな……――


 雫は改めて、彩という人物を思い出し、自分が抱いた印象を辿った。

 そのとき浮かんできた彩の“音”は、驚くほど澄んでいて、どこか羽のような軽やかさをまとっていた。

 そして、「風の声が聴ける」という言葉が、彼女の存在にこれ以上なく似合っているように思えた。



――*――

雫は彩を思い出しながら、ふと机の端に置かれた“あの鈴”に目をやった。

 目覚めた日以来、この“鈴”はずっと心のどこかに引っかかっていた。

 けれど――あのとき感じた“”があまりに生々しく、葬式で倒れて以来、一度も手に取ることができなかった。


 実のところ、今ここにあるのも、退院前に陽に頼んで、

「小さいものだから、このまま置いておくのは心配」と理由をつけ、

「無くしたくないから、持って帰ってくれない?」とお願いし、

 雫の自室に置いておいてもらったのだった。


 けれど――今日、彩が言っていた。

 「今のところ、“”はない」と。


 〈あのときの感覚は、一体なんだったんだろう?〉


 それを知らなければ、自分だけが聴き取る“音”の意味は、永遠にわからないままだ。

 ぼんやりとではあるが――雫は、確信めいた“予感”を感じていた。



――*――

――……ふぅ……――


 大きく深呼吸をして、雫は恐る恐る“鈴”に手を伸ばした。


――チリッ――


 指先が触れた瞬間、“鈴”から小さく乾いた音がした。

 雫は思わず目をギュッとつぶり、指を引っ込めてしまう。

 だが、予想していたような激しい衝撃はなく――ただ、あの時……雫が“”を感じた時の女性……“未来みく”に似た思念が、ちらっと見えた“気がした”だけだった。


――あれ?――


 思っていたよりも軽い感覚に拍子抜けして、雫は へにゃっ とそのまま椅子にもたれかかる。

 自分でも気づかないうちに、かなり緊張していたようだった。


――……ふぅ……。……よし!――


 雫はもう一度、姿勢を正すと、深く息を吸い込んで気合を入れ、

今度は、指先で“鈴”をそっとつついてみた。


――チリ、チリリ……――


 先ほどよりも爽やかに澄んだ音が響き、

 その“音”とともに、雫の頭の中に万華鏡のようなキラキラしたイメージが広がっていく。

 それは、“音”の織りなす感覚が、雫に魅せてくれた、美しい連なりだった。

 まるで、ずっとモノクロだった世界に、突然キラキラと色が差し込んだような――。


「わぁ…。――きれい……」


 雫は思わず感嘆を漏らした。



――*――

 しばらくのあいだ、鈴の“音”をチリンと鳴らすたび、

万華鏡のように場面を変える“音”の感覚に魅入っていた雫だったが、

ふと、鈴から“本来の持ち主”、おそらく“未来みく”の気持ちらしいものを感じ取った。


“――……悔しぃ!!なんで、誕生日にこんなこと言われなきゃならないの!!

……でも、絶対に、独立してやるんだから!!――”


その思念は、彼女の悔しさを如実に反映していた。

そして、その思念から、雫はふと違和感を覚えた。


――……あれ?……あの時、“”、お金貯まったって喜んでたよね……?――


自然と、“未来”を“ ”として受け止めていることに、気づかないまま――雫は思考を巡らせた。


そして、雫が最初に美来の記憶とシンクロしたあの瞬間――

あの“鈴の音”に触れた時に見えた光景を、もう一度思い出そうと、意識を集中させた。


――……あの時、電子通帳を見たんだ。で、お金がやっと貯まったって……。

あの電子通帳の日付……いつ、だったっけ――?――


さらっと見ていた場面の詳細を思い出そうとするのは至難の業だったが、

雫は、少しでもヒントを掴めないかと、必死に記憶の糸を辿った。




――*――

◆●銀行▲▲支店

 20▲▲年

 06/25

……今から、3年後だった。


――……今から、……3年後……?え?……なに?

……私がこの“鈴”を手にしてるってことは……?……え?……え?――


雫は、少し前まで“音”から感じる万華鏡のような感覚を楽しんでいたことすら忘れ、

一気にパニックに陥った。


なぜなら、雫が見ていたのはおそらく――雫自身の“前世”。

“死ぬことで、次の世に転生する”。

それが彼女の理解している世界の仕組みだった。


けれど――

あの瞬間、“音”を通して届いたイメージには、

3」の日付が、はっきりと記されていた。


しかも、その通帳に記されていた銀行名は、

彼女が住む都道府県に隣接する地方銀行のものだった。


――……なんで?……な、……んで?

私がここにいるのに、“ ”が――

     ……まだ、生きてるの……?――

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