第六楽章: ドルチェ・エ・レガート
食事が運ばれ、給仕係がしばらく席を離れたのを見計らって、
「――
「――う〜ん。いつだろう?気づいた時には、私の中にあったからなぁ。」
――私と同じだ……。
雫はまたひとつ、彩との共通点を見出す。
「……あの、彩さんはその風の声のこと、隠したりしないんですか?」
彩は少し首を傾げ、不思議そうな顔で聞き返した。
「なんで?」
「……え?だって……他の人たちから、変な目で見られたりしませんか?」
「……変な目、ねぇ……う〜ん。見られてるのかなぁ?――でもさ、なんで変な目で見られなきゃいけないのかな?」
「だって!他の人は持ってないからっ!」
「雫ちゃん、運動得意?」
「運動ですか?……いえ、あまり得意じゃないですけど……」
彩が突然“運動”の話を持ち出したことに戸惑いながらも、雫は素直に答えた。
「そういうことなんじゃない?」
「え……?」
――どういうこと?――
雫が困惑して聞き返すと、彩はゆっくり言葉を継いだ。
「うん。うまく伝えられるかわからないけど……。
結局、まるっきり同じ能力を持ってる人なんて、どこにもいないんだよ。
みんな、それぞれ得意なこともあれば、苦手なこともある。
ただ、それが一般的に知られていない能力だっていうだけで、
持ってる人を“変な人”って見ること自体が――“変”なんじゃない?」
――――――!
雫は、至極当たり前のことを言われて、軽い衝撃を受けた。
――確かに、私の感覚は他の人にはあまりないものかもしれない。
でも、それはずっと私の中にあって、
いつだって何かを伝えようとしてくれていた。
それなのに、周囲と同じでなければいけないと、勝手に思い込んでいたのは――私だった。――
彩の言葉は、雫の心にストンと落ちた。
“感覚が違う”というだけで、自分を閉じ込めていたのは、
他の誰でもない、自分自身だったのだ。
――*――
テーブルに静かに流れる時間の中で、彩が再び口を開いた。
「それにさ……生まれたときからずっと雫ちゃんと接している
彩の言葉に思いを巡らせていた雫は、その中に何気なく紛れ込んだ“音”という言葉に反応し、はっとして彩を見た。
「……!なんで、“音の感覚を持ってる”…って……」
彩には、“音”について何度か言及したことはある。
けれど、“音の感覚を持っている”ということを、明確に伝えたわけではなかった。
それなのに、まるで当たり前のように“音の感覚”を“あるもの”として口にされ、雫は思わず動揺してしまった。
「ふふ、わかるよ。風が教えてくれるから。」
彩の言葉に戸惑いながらも、雫はこのやりとりがなぜか少しも嫌ではないことに気づいた。
――なんでだろう?――
自分の内側に問いかけてみる。
すると、それが――彩の視線がとても自然だったからだと、雫は気づいた。
これまで雫は、“音”に関して何度も嫌な思いをしてきた。
“音”のことを話したあとには、決まって周囲の人たちが、
奇異の目や珍しいものを見るような視線を向けてきた。
けれど、彩のまなざしには、そんなものは一切なかった。
そして、自然と妹の陽へと視線が向く。
――確かに、ひーちゃんは“私の感覚”について、最初から特別扱いなんてしたことなかったな――
そう考えると、陽の存在がこれまで以上に、雫の中で大切なものとして感じられた。
陽は、雫と彩のやりとりに黙って耳を傾けていたが、
突然自分の名前が出たことに驚いて、一人あわあわしていた。
「……ひーちゃん。ありがとうね。」
それは、雫から陽へ贈られた、これまでの感謝を込めた言葉だった。
だが陽は、どうやら別の意味に受け取ったらしい。
得意げな顔で、パッと胸を張る。
「ほらね!今日、私とデートしてよかったでしょ!」
その一言に、雫は思わず吹き出した。
心の奥が、ふわっと軽くなるのを感じる。
「ふっ、キミたちは本当にいい関係の姉妹だね。」
彩もまた、陽の的外れな得意顔に頬をゆるめていた。
――*――
しばらく、美味しい料理に舌鼓を打っていると、不意に彩が思い出したように口を開く。
「そういえば……雫ちゃん、この数ヶ月で何か変わったことはあったのかな?」
突然の問いに、雫は首をかしげる。
「……変わったこと、ですか?
……数ヶ月前に、祖母を亡くしましたが……」
改めて自分の口から“祖母との別れ”を語ったとき、
雫はぼんやりとではあるが、自分がその喪失を受け入れ、前に進み始めていることに気づいた。
けれど、彩が尋ねている“変化”は、そのことではないようだった。
「……聞いてるよ。辛かったよね。ご冥福をお祈りするよ。
――ただ、申し訳ないけど、今の質問はそのことじゃないんだ。」
雫はますます、彩の意図がわからず、考え込む。
「……それ以外、ですか?」
「うん。なんていうのかな……
雫ちゃんの中に、“もう一人の存在”がいるような気がするっていうか……。」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、
雫は倒れたときに見た“あの夢”の感覚を、ありありと思い出した。
「……彩さん。何か、わかるんですか……!」
さっきまで、彩のことを“どこか信用しきれない存在”としての壁があったのに、
今の雫の中には、不思議とその“壁”が消えていた。
気づけば彩の存在が、“信頼できる音”として、雫の中に静かに広がっていた。
――*――
彩が、少し眉を寄せて考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
まるで、自分の中にある感覚をどうにか言葉に乗せようと探るように。
「……わかる、というか……?」
そんな彩の様子に、雫は縋るように言い募った。
「……なんでもいいんです!わかること教えてもらえませんか!?」
少しして、彩はようやく、自分の中で納得できる説明が見つかったのか、
「……うん。これが一番わかりやすいな。」
そう、小さく呟き、口を開いた。
「……大根って、あるでしょ?」
雫は自分の見たイメージの話が聞けると思ったのに突然、野菜の話が出てきたので意表を突かれた顔をした。
しかし、彩はそんな雫の表情に気づかないかのようにそのまま話を続ける。
「普通、人の中には“大根”があったら“大根”だけしかないんだよね。」
「はぁ……」
「でもね、雫ちゃんの中には“大根”と“白菜”があるって感じなんだよ。」
ますます、何を言っているのか分からず、雫は首を傾げる。
すると、同じように首を傾げていた陽が口を挟んだ。
「サイさん、そのココロは……!?」
――ひーちゃん、それ“笑点”のノリじゃん……――
陽のツッコミに冷静にさらなるツッコミを入れながら、でも、そこに雫が求めている答えがもらえるかもしれないという期待から、雫はそのまま彩の言葉をまった。
「あ〜。そうだね、ちょっとわかりづらかったか。――」
――いや、ものすごくわかりづらいですけど?――
雫は冷静なツッコミ第2弾を放ちながら、さらに彩の言葉をまった。
……“ただの比喩かもしれない”と思いながらも、
その言葉の中に、自分の求めている“
――そんな、かすかな予感があった。
――*――
「んーとね。これは一緒に住んでいる奴が言ってたんだけど、大根と白菜って同じアブラナ科って科の植物なんだって。でも見た目、全然違うでしょ?
でね、本当はいくら同じ科の植物でも、大根と白菜は“人っていう器”の一緒のところに入らなんだよ。でもね、たまに一人の人の中に同じ科なんだけど違う野菜が入っている人がいるのを感じたりするんだよね。――伝わるかな?」
雫はその彩の答えを聞いて、意外と言い得て妙なものだと感じた。
なぜなら、それは雫自身が感じていた感覚とどこか通じていたからだ。
彩は“人という器”と表現したけれど、雫の中にあったのは――“魂の器”という感覚だったが……
「……はい。」
「あ、伝わった?よかった。……ま、そんな感じかな?
で、とりあえず今、感じてることを伝えるとね。雫ちゃんの気にかけてる“音”はとりあえず、今は雫ちゃんにとって悪い影響はないみたいよ。」
雫はそれを聞いて、ハッとして、彩の顔を見た。
すると、彩は言うことは言ったという感じで、グラスのワインを傾けていた。
そして、陽は、、、
彩の答えを途中までは「ふん、ふん」と聞いていたが途中からよく理解が進まなかったらしく、別のことに反応していた。
――*――
「サイさんって、彼氏と同棲しているんですか!?」
場の空気が一瞬、緩んだ。
なんせ陽は16歳。恋愛話は大好物なお年頃だ。
すると、彩は少し嫌そうな顔をして答える。
「……彼氏なんていないよ。――めんどくさい。」
――美人なのに勿体無いな……――
雫が思わずそう感じたその時、陽もまるっきり同じ感想を抱いていたらしく、それを彩に向かってストレートに口にしていた。
「え〜!サイさん、美人なのに勿体無い!――でも、一緒に住んでるって……?」
すると彩はめんどくさそうに説明を加えた。
「ただ、カタスカ荘ってシェアハウスで住んでいて、アユムは同じシェアハウスの住人。」
「「…………!彩(サイ)さん、“カタスカ荘”に住んでるんですか!?」」
今度は、雫と陽の声がシンクロした。
「うん。」
カタスカ荘は、この近所ではちょっと名のしれたシェアハウスだ。
なんでも、すごくキレイな洋館なのに、賃貸料がかなりリーズナブルで、問い合わせをする人が結構多いという話だ。
ただ、今は入居者を募集していない。
また一説には、カタスカ荘に入居するには、いくつかの風変わりな条件をクリアしなくてはならないと噂まである。
問い合わせをしても、いつもけんもほろろに断られるため余計に、人の興味を引いているようだ。
そして、そんな敷居の高い(?)シェアハウスの住人の一人が、目の前の彩だっていうのだから驚かないわけがない。
陽は、“美人なのに彼氏がいない”話と新たに投入された“カタスカ荘の住人”と言う美味しいネタのどちらを話題にすべきか悩んだみたいだが、結局、より乙女の心を満たす恋愛話を選んだようだ。
……やっぱり、恋バナは全女子にとっての最重要トピック、なのかもしれない。
――*――
「でも!サイさん、モテるでしょ?」
「……モテるモテないんじゃないんだよ。」
モテることはあえて否定せず、彩は本当にめんどくさそうに話をする。
「……男ってさ、いちいちめんどうなんだよね。“君のためなら何でもする”って言っといて、ちょっと連絡取れなかったら“もう無理”とか、“気持ちが冷めた”とか……勝手すぎるでしょ。」
「サイさん。“ちょっと”って?」
「ん〜……3ヶ月くらい?」
――……それはダメな気がする。――
雫は心の中でツッコミを入れた。
「……うん。サイさんの感覚についていくのはちょっと大変かもね〜。」
陽が、今まで彩が付き合った男性にちょっと同情した感じで相槌を入れる。
「……みんな、同じようなこと言うね。――でも、これはわかってくれると思うよ。」
「え?なに、なに!」
「そのうち、変なこと言い出すんだから。『“風”と“俺”、どっちが大切なんだ!』って比べるものでもないのにね。」
彩は、やれやれと言う感じで呆れたふうに言い放つ。
「確かに!それは比べるものじゃないよ!!」
陽が全面、同意をする。
「でしょ!そんなの比べるまでもなく“風”に決まってるのにね。
男はそのうち心変わりするけど、風は裏切らないからね!」
「「…………。」」
(雫と陽、思わず絶句)
雫と陽は、顔を見合わせて無言を貫いた。
そして、陽が救いを求めるように残り少なくなったジュースを啜ると、
微妙な空気が漂う空間に、ズズズズッと無作法な音だけが響いた。
雫は――
――そっちなんだ……。さすが、カタスカ荘の住人なんだな――
と、カタスカ荘にまつわる風変わりな条件という噂はあながち嘘ではないんだろうと思った。
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