ビヨンドの初任務 その1

 夜十一時。

 ビヨンドとランディは、疾風の靴が展示されている郊外の貴族の屋敷を訪れていた。


 森に囲まれた屋敷は、そこまで大規模な建物ではなく、警備は少ない。


「周辺は森......。騒ぎを聞いて、王国軍が駆け付けてくることもない。初心者にはうってつけの場所って訳ね......」


 木に登り、屋敷を側面から観察しながら呟く。


「......なんかビヨンドちゃんの方が先輩っぽいんだけど」


「いいじゃない。そもそも、ランディは私のサポートでしょ? 私が率先して動くのが当たり前じゃない?」


「それは、そうだけど......」


「それよりランディ。侵入経路を見つけたわよ。向こうの木の枝、太いのが屋敷の屋根辺りまで伸びてる」


 ビヨンドが屋敷の裏側の木を指差す。


「暗いのによく見えるねー。というか、よく見つけたね。こんな木ばかりなのに」


「このくらい楽勝よ。あそこの枝を伝って、裏側の開いている窓から入りましょう」


 木から飛び降りるビヨンド。


「あ、待ってよー」


 木にしがみつき、ゆっくりと降りるランディ。

 木から降りた二人は、木の陰に隠れながら進んでいく。

 そして、目的の木まで到達すると、開いている窓から中を確認する。


 開いていた窓は、寝室の窓だった。


「おっちょこちょいな誰かが開けっ放しにしたのね。どこかの誰かさんみたいな誰かが」


 ビヨンドは、ランディを見つめる。


「あー、ひどーい。確かにおっちょこちょいなだけどさぁ......」


 頬を膨らませ、不満げな顔をするランディ。

 そんなランディを見て、軽く笑うビヨンド。


「あー気がまぎれた。やっぱ、ランディを選んで正解ね」


「えー。そんな理由で私で良いって言ったのー?」


「いいじゃない。これでも初任務で緊張してるのよ。さて、そろそろ行きましょ」


 ビヨンドは、慎重に木の上を歩き、窓の縁に足を乗せる。

 窓枠をしっかりと握り、部屋に着地する。

 ランディも後に続き、部屋に入った。



 屋敷の中は静かだった。

 見張りは一人もいない。

 おそらく、宝を徹底的に守っているのだろう。


 ビヨンドとランディは足音を立てないように館を歩いていく。

 すると、誰かの大声が聞こえてきた。


「だ、誰だ! お前は!」


 どうやら、何かトラブルがあったようだ。

 声が聞こえてきた部屋へ向かう。


 すると、一つの部屋から音が聞こえてきた。

 男が叫ぶ声。

 そして、何かが砕ける音。


 ビヨンドは、部屋を覗く。

 そこには、目を疑う光景が広がっていた。


 覗いた部屋は、床が所々凍っていた。

 また、氷の破片が散らばっている。


 そして、部屋の隅で兵士に追い詰められる黒髪の男が一人。

 その黒髪の男は、緑色のフォーマルな服を着ており、まるで作り話に登場するような色男だった。


 そんな状況でもビヨンドは、冷静に部屋を観察していた。

 部屋には窓が無いということ。

 そして、部屋の奥の白い台座に、疾風の靴が置かれていることを。


「はぁはぁ......。逃がさないぞ!」


 兵士の一人が槍を向け、男を脅す。

 しかし、男は余裕そうだ。


「これで、私を追い詰めたとでも?」


「な、なに!?」


 次の瞬間、男の体から煙が噴き出す。

 兵士たちは、煙に包まれ、男を見失う。


 その隙に、男は疾風の靴の元へ向かう。


「この私、怪盗ルーフが疾風の靴を......。おや?」


 ルーフが足を止める。

 疾風の靴が土台の上から消えているのだ。


「あら、遅かったわね」


 ルーフは、声が聞こえてきた部屋の入口を確認する。

 そこには、疾風の靴を履いたビヨンドとランディが立っていた。


「あんたが遊んでいる間に、私が盗ませてもらったわ。......新米に出し抜かれるなんて、たいしたことない怪盗なのかしら?」


 煽るビヨンド。


「おや、私をご存じではない? 新米の中の新米みたいですね」


「ビヨンドちゃん......! あの人って、怪盗ルーフって名前の有名な怪盗なんだよ!」


「へぇ。有名なのにあの程度ってことは、怪盗って意外とたいしたことがないのかしら?」


 更に追撃をするビヨンド。

 その言葉に、ルーフが眉を動かす。


「はっはっは......。どうやらこれは、お仕置きが必要みたいですね......」


 笑いながら言うルーフ。

 そんなルーフを、背後から襲う一人の兵士。


 だが、次の瞬間。

 ルーフの後ろの兵士は、瞬時に凍ってしまった。

 それを見た別の兵士たちは、恐怖で部屋の隅から動けなくなってしまっている。


「え!? 何今の!?」


 突然の出来事に驚くランディ。


「邪魔者もいなくなりましたし、君の慢心をくじいてあげますよ......!」


 ルーフは、何かをつぶやき始めた。

 次の瞬間、ビヨンドの背後から巨大な氷が生える。

 出口は塞がれ、逃げ道はない。


「はぁ......。まさかこんなことができるなんて......。煽ってやろうなんて無駄なこと考えるんじゃなかったわ」


 驚きよりも、面倒だという気持ちが勝っているビヨンド。

 そんな自分に気合いを入れるために、ネクタイを両手でしっかりと締める。


「ランディ、やるわよ」


「えぇ! 勝てるかな......?」


「いいでしょう。二人まとめてかかってきなさい」


 ルーフは、前髪を手で軽く整える。


「魔術師の怪盗ルーフ。いざ、戦わせていただきます!」

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