第24話
椿のケガはかすり傷程度だったので、数日で回復した。
だが、成孝の偽の許嫁として使用人棟には戻らずに、そのまま成孝の書斎の前の部屋で生活することになった。
(……支度は出来た)
椿が鏡の前で化粧を終えると、ノックの音がしたので扉を開けると政宗が立っていた。
「椿!! 食堂に行くぞ」
「は、はい!! おはようございます。政宗様」
「ああ、おはよう」
ケガをしたからというわけではなかったが、椿は成孝と食事を共にするようになった。
さらに成孝と椿が二人で食事をしていると、政宗が同席するようになり、秀雄が同席するようになり、これまで一度も一緒に食事をしたことのなかった兄弟が揃って食事をするようになった。
政宗と共に食堂に行くと、まだ誰もいなかった。
「政宗様、先にお茶をお入れいたしますか?」
「頼む」
「はい」
政宗を始め、秀雄や成孝の朝のお茶も椿が用意するようになったので、『お茶を入れ直せ』と怒鳴られることもなく、皆が同時に食卓に付くので食事の用意が楽になったと、ヤエたちからは大絶賛されている。
「おはよ~~」
「おはようございます、秀雄様。お茶をお入れしてもよろしいでしょうか?」
「お願い」
そして秀雄も席に着いた。
椿がお茶を入れて二人の前に差し出すと同時に、成孝が食堂に入って来た。
「おはようございます。成孝様」
「ああ、おはよう」
「成孝様は、食後でよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
そして皆が席に付くと、料理が配膳され、ヤエたちは食堂を出た。
おかわりなどは椿が対応するので、食事が終わるまでずっと食堂の隅で待機しなくてもいいヤエたちはかなり喜んでいた。
「いただきます」
皆で手を合わせ、それぞれ食事を始めた。
「今日は成孝と秀雄は夜会だろ?」
政宗が尋ねると、秀雄が答えた。
「ああ、そうだ」
「じゃあ、今日の夜は、椿と二人だな」
どこか楽しそうな政宗の言葉に、成孝が声を上げた。
「椿も許嫁として連れて行く」
そして、秀雄の口を開いた。
「ああ。そもそも夜会で成孝が自由に動けるために椿と偽装許嫁契約を交わしているんだ。椿は今後、成孝の出席する夜会にはずべて出席するに決まっているだろう?」
「ああ、そう言えば、そういう話だったな……」
政宗は、椿を見ながら言った。
「まぁ、椿なら大丈夫だと思うけど、気を付けて」
「はい」
椿は深くうなずいたのだった。
◇
「椿、できたわ。凄い、とってもきれいよ」
「ヤエ、手伝ってくれてありがとう。でもこんな豪華なドレス……破かないようにしないと……」
椿は成孝が夜会のために買ってくれたドレスに身を包みながら緊張していた。
「気持ちはわかるわ……気を付けてね」
「ありがとう」
椿は、ヤエに手伝ってもらって支度を終えて、成孝の書斎に向かった。
「お待たせいたしました」
すると成孝は何も言わなかったが、一緒に待っていた秀雄が声を上げた。
「椿、いいな!! 似合う!!」
そして、政宗が赤い顔をした後に椿から目を逸らしながら言った。
「孫にも衣装……」
椿は「ありがとうございます」とお礼を言った。
成孝は椿の手を取ると「行くか」と言った。
そして、政宗に見送られて、秀雄と成孝と共に夜会に向かった。
◇
「これは、東稔院様……そちらのお嬢様は?」
「彼女は私の許嫁です」
夜会会場に付くと、成孝はすぐに椿のことを『許嫁』だと紹介したため、椿は殺気を含んだ視線を数多く感じて困惑していた。
(何かしら……この、不思議な種類の殺気は……)
刃物を持って襲ってくるといった類いの殺気ではない。
だからと言って安全とも言い切れない不思議な殺気だった。
成孝の隣に控えていたが、成孝が男性と仕事の話を始めたので、「成孝様、向こうに控えております」椿は邪魔にならないように壁際まで離れて成孝を見ていようと思い、歩き出した。すると一人の令嬢が椿の前に足を出したが、椿は特に動じることもなく歩いていた。
「きゃっ!!」
すると足を出した令嬢がバランスを崩し、後ろに倒れそうになったので、椿は急いで令嬢の背中に片手を添えて倒れそうになっていた令嬢を抱き止めた。
「大丈夫ですか?」
(は~~ケガをさせてしまうところだったわ。まさかあのくらいで倒れるなんて……)
普段から体幹を鍛えている椿にとって、令嬢がこんなことくらいで倒れると思ってもいなかった。
「あ、ありがとう……」
すると、令嬢は目を輝かせながら椿を見てお礼を言った。
「いえ、それでは」
そして椿が壁際に立っていたら、今度は二人組の令嬢が歩いて来た。そして一人が、グラスを倒しそうになったので、椿は咄嗟に令嬢の持っていたグラスに手を添えた。
「なっ!!」
驚く令嬢に向かって椿は「グラスが傾きそうでしたので」と言うと、二人は唖然とした後に「あ、ありがとう」と言って去って行った。
そして再び椿が、成孝を見張ろうとしていると、椿の周りには男性や女性の人だかりができていた。
「君、どこの令嬢かな?」
「あなたの御名前は??」
矢継ぎ早に質問されたが、椿は淡々と皆の質問に答え続け、気が付けば椿の周りには男女問わず人が集まっていたのだった。
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