第23話
「椿、ケガをしているじゃねぇか!!」
成孝は車を降りて宗介と椿の元に走っていたところで、宗介の言葉を聞いた。
(椿が!?)
成孝は居ても立っても居られずに椿の元まで全速力で走った。
「成孝様!」
椿は成孝が走っていることに驚いて声を上げた。椿の声に宗介も成孝の存在に気付いた。
「ああ、成孝殿もいたのか……」
宗介は、そう言うと椿を見ながら言った。
「椿、足を出せ」
「え?」
宗介が椿の足元に跪いたのを見て、成孝は咄嗟に身体が動いていた。
「椿、戻るぞ!!」
「は、はい!!」
そして、成孝は椿を抱き上げた。
「成孝様!? そこまでしなくてもかすり傷です!!」
成孝は椿に向かって「静かに」というと、地面に跪いて呆然としている宗介を
「椿を気にかけてくれたことには感謝する。それと、その辺りに倒れている連中は、宗介殿を狙ったようだ」
宗介は眉を寄せながら立ち上がると、「そうか……また椿に助けて貰ったのか……すぐに手当してやれ。後処理はこっちに任せてくれ」と言った。
成孝は頷くと自動車に戻った。
自動車に戻ると、秀雄と七介が外に出て待っていた。
「おい、どうしたんだ?」
秀雄の言葉に成孝が叫んだ。
「七介すぐに病院へ」
七介は「はい」というと運転席に乗り込んだ。一方椿は青い顔で言った。
「そんな!! 病院だなんて!! ただのかすり傷です!!」
すると成孝は椿を睨みつけながら言った。
「これほど血が流れているのだ。ただのかすり傷かどうかを判断するのは医師に任せる」
そして、秀雄を見ながら言った。
「問題ないな?」
秀雄も大きく頷いた。
「当たり前だ。すぐに向かうぞ」
こうして椿は申し訳なく思いながらも病院へと急いだのだった。
◇
「東稔院様、椿さんの治療が終わりました」
椿は結局数針縫うことになった。成孝と秀雄が椿の元に向かうと、椿は医師を話をしていた。
「椿さん、洋服をかばったのでしょう?」
椿は何も答えなかったが、その様子を見ると、洋服をかばったのは明確だった。成孝が声を上げた。
「椿、そうなのか?」
椿は小さく頷いた後に言った。
「これは、大切な仕事着ですから!!」
「椿……服などどうでもいい」
成孝が眉を寄せて言うと、医師が困ったように言った。
「どうしても洋服が必要な時だけ洋服で、普段は袴などはいかがでしょうか? 足も庇えますし……」
「ではそうしよう」
成孝はそう言うと、医師に向かって尋ねた。
「椿はもう連れて帰ってもいいのか?」
「はい。今日は安静にして、数日は身体を拭いて、風呂は控えて下さい」
椿は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえいえ、何かありましたらすぐにおっしゃって下さい」
こうして椿は、病院を出たが成孝は再び椿を抱き上げた。
「成孝様、歩けます」
椿が成孝に訴えると、成孝は怖い顔で言った。
「今日は……安静にするのだろ?」
成孝の圧に椿は黙って成孝に抱き上げられながら屋敷に戻ったのだった。
◇
成孝は、屋敷に着いても椿を抱き上げて移動したので、使用人は皆驚いていた。
「成孝様、いかがされました?」
「私が変わりましょうか?」
徳永が男性使用人と共に現れて成孝に話かけたが、成孝は「必要ない」と言って、スタスタと廊下を歩いた。
徳永は「左様ですか……」と言いながら成孝の後をついて行ったが、成孝は歩きながら言った。
「私の部屋の前の部屋を使えるようにしてくれ。今日から椿はそこで過ごすようにする」
「え?」
椿が思わず声を上げた。さらに徳永が成孝に尋ねた。
「椿さんの部屋を成孝様のお部屋の前のお部屋に移す、ということでございますか?」
「ああ。そうだ」
成孝が頷くと徳永が「かしこまりました」と言って去って行った。
「ああ、俺の部屋の隣か、今は物置のようになっているが、片付けようと思っていたし、丁度いいんじゃないか」
秀雄も成孝の提案に頷いた。
突然の部屋の移動に椿は驚いたが、成孝だけではなく秀雄まで納得してくれた。
「ほとんどお前の物だろう?」
成孝の言葉に秀雄は困ったように笑いながら言った。
「ははは……じゃあ、俺は椿が使う部屋の資料をこの機会に社に保管する分と、書庫に保管する分に整理する。椿、また後でな」
秀雄は、成孝の部屋の前の部屋へと向かった。
そして、成孝の部屋に着くと、成孝が扉を開けて中に入った。
成孝は部屋に入ると、椿を抱いたままソファに座り、椿をきつく抱きしめた。
「西条がお前がケガをしたと言った時、胸が締め付けられるようで……心底怖かった。失いたくないと思った」
椿はまるで子どもにように膝の上に抱かれたまま、成孝に抱きしめされていたので混乱していた。
(え? え? どうして、私、成孝様に抱きしめられているのかしら?)
一体何がどうなったのかわからない椿は、口も開けずにただじっとしていた。
でも……
(成孝様に抱きしめられるのは……なんだか……落ち着かないけど、このままでいたいような不思議な感覚だわ……)
男性にこれほどまでに密着されれば、投げ飛ばすのが当たり前だった椿にとって、今のこの状況は自分でも信じがたいものだった。
「椿……頼む……無茶はしないでくれ……お前を失ったらと思うと、心底……怖い」
成孝の言葉に、椿は成孝の背中を撫でながら言った。
「わかりましたが、でも……――私だって、成孝様を失いたくありません。無茶はしませんが、可能だと判断したことは行動に移します。それが、成孝様の想定の範囲を超えることでも……」
成孝は、椿から少し顔を離して椿の瞳を見ながら頬に触れながら言った。
「……なぜだろうな。胸が締め付けられそうで苦しい。自分でも喜んでいるのか、不安なのか……判断が付かない。ただ、お前にカゴの鳥のように不自由な想いはさせたくない」
椿は成孝を見て微笑みながら言った。
「そのお言葉だけで充分です」
この胸の締め付けが何を意味するのか、この時の二人には理解できなかったのだった。
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