第14話



「あははは、悪いが椿、私も村の少年と同意見だ」


「そうでしょうか? 私には最善に思えるのですが……」


 自室の扉を開けた成孝は、椿と秀雄が隣に並んでお茶を飲みながら談笑しているのを見て、眉を寄せた。

 椿は立ち上がって「おかえりなさいませ」と言った。


「……ただいま……秀雄……戻っていたのか?」


 秀雄は、成孝を見ながら「ああ。優秀な許嫁を見つけたな!!」と言った。

 成孝は上着を脱ぐと、上着掛けにかけて口を開いた。


「ところでお前たちは何をそんなに楽しそうに話をしていたのだ?」


 秀雄は笑いながら言った。


「何を話していたか……魚は釣るべきか、捕まえるべきか?? あはは、聞いて驚け。成孝、椿は素手で魚を捕まえられるそうだぞ」


 そして秀雄がさらに楽しそうに言った。


「ああ、それと今度椿をパーラーに連れて行く約束をした。椿を連れ出す許可をくれ」


 成孝はこめかみを押さえながら「何がどうなっているのだ」と言いながら自分の執務机に座った。


「ところで椿、秀雄と話をしているということは買い物は済んだのか?」


 椿は「はい」と言って、買って来たものを差し出した。

 そして椿は先ほどのあったことを伝えた。


「成孝様にご報告したことがあります」


 椿の言葉に成孝が眉を寄せた。


「報告とはなんだ?」


 椿は背筋を正した。


「はい。本日、『西条宗介』さんをお助けしたところ……」

「待て!!!」


 椿の報告の途中で成孝が椅子から立ち上がり、大声をあげたと思ったら、まるで在りえないものを見たというような顔をしていた。

 椿は成孝の指示に従って押し黙った。


「『西条宗介』だと? どこで会った?」


 椿は淡々と答えた。


「書店です」


 成孝が眉をあげた。


「ああ。私が頼んだ本や雑誌を買いに行った時か……」

「はい」


 すると成孝が眉の間に深いシワを刻みながら言った。


「それで……助けたとは?」

「はい。宗介さんが暗殺されそうになったので手を貸しました」

「西条が、暗殺だって!?」


 今度は秀雄が声を上げた。成孝は目を見開いた。そして眉間に皺を寄せたまま尋ねた。


「それで? 続きを聞こう」


 秀雄も立ち上がって、成孝の隣に行くと、椿の顔を見た。そんな二人に見下ろされながら椿は淡々と伝えた。


「はい。『必ず礼をする』と成孝様に伝えてほしいと、頼まれました」

「何?」


 秀雄がすごい勢いで椿に近づいてきた。


「『西条宗介』が『必ず礼をする』と、それを伝えろと言ったのか!?」

「はい」


 すると、それまで驚いた顔をしていた成孝が震え出した。椿が成孝の不信な様子を観察していると、急に成孝が大きな声を出した。


「まさか!! こんな簡単に西条と繋がりが持てるとは!!」

「ははは、信じられない、椿は座敷童なのか?」


 秀雄も大きな声で笑った。


(座敷童……たぶん悪い意味じゃないわよね?)


 椿は二人の反応にどのように返せばいいのかわからずに黙っていることにした。

 すると成孝が真剣な顔で秀雄を見た。


「近々、西条と接触する可能性がある。例の件を早急に進めろ」

「ああ。すぐに動けるようにしよう」


 成孝に返事をすると秀雄が片目を閉じながら言った。


「椿、パーラー楽しみにしてろよ?」


 すると、成孝が不機嫌そうに言った。


「椿は……私の許嫁だ」


「だからこそ、弟の俺と仲良くした方が本物っぽいだろう? それに――椿と話をしているのは楽しい」


 秀雄は上機嫌に「椿、またな」と言って部屋を出て行った。

 部屋を出て行った秀雄の後ろ姿を見送っていると、成孝が息を吐きながら言った。


「お前は許嫁だ。あまり秀雄に接触して懸想しないように」


 秀雄は至近距離で見つめれば、女性が惚れると言っていた。恐らく女性と恋愛感情抜きに話をすることなどなかったのかもしれない。成孝もそれをわかっているので、仕事に支障をきたさないようにという意味で注意したのだろう。

 椿は真っすぐに成孝を見つめて「はい」と返事をしたのだった。







「椿、今日はもう休んでくれて構わない」

「はい」


 椿は成孝に頼まれた本を整理する手を止めて返事をした。

 そして、書類を片付け始めた成孝の机の前までくると尋ねた。


「成孝様。私は一体、なぜこちらにお仕えすることになったのでしょうか?」


 椿は本来の仕事が何なのかを聞く必要があると思った。


「仕事内容? まだ説明していなかったか?」

「はい」


 成孝はこめかみを押さえて、椿の前に置いてある書類を指さした。その書類は先日、ハリソンと打合せをした工場建設書類だった。


「当初は山中村への道案内と現地で働く予定の人への説明を頼みたいと思っていた」

「道案内と説明ですか?」

「そうだ。秀雄が先日現地に言ったのだが、現地の人間の言葉が全くわからずに何も進まなかった。今後、ハリソンから現地の人間に説明することになる。ハリソンの言葉は私が通訳をするが……その時に現地の人間と話ができなければ意味がない」


 山中村やあのあたりの村は独自の表現や言葉が多い。

 確かに帝都の言葉だとわからない可能性もある。


「だが……存外仕事ができるので、秘書を任せたいと思ったが、デパアトで花菱家の令嬢と会った時に、許嫁を頼みたいと思ったのだ。つまり、椿は私の秘書兼、許嫁だ」


(秘書?? 初めて聞くわ……秘書とは何かしら?)


 椿は聞きなれない言葉だったので、成孝に尋ねた。


「成孝様、秘書とは何ですか?」


「秘書とは……そうだな……幕僚や参謀といったところか……」


 椿は目を輝かせながら言った。


「幕僚や参謀!? つまり、秘書とは大正の世の隠密ですか!?」


 成孝は何か違う気がするとも思いながらも、あまりにも椿が嬉しそうなので否定する気に慣れなくてうなずいた。


「そう……かもしれない」


 椿は力一杯「わかりました!! 必ずや任務を遂行します」と言ったのだった。


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