第21話 ふりだし

 大きくひらけた平地に二つの影が、けたたましい声と共に素早く動き回っている。


 少し離れたところには大きな建物があり、はたから見ればこの平地はまるで校庭のようである。まぁ校庭と言えば校庭なのだが。

 また、そこで行われているのが『体育の授業』かと聞かれればそんなことはないが、『体育の修業』と言えばこれ以上なく適切である。


「さアさぁ、ヒョウカくン?まだマだ、こんなもンじゃあないでしょウ?」

「はぁ、はぁッ....」


 -に来て、どれくらいが経つだろう?-

 ふと、そう思う時がある。


「くッ!!うおりゃあッ!」

「ウん、そのチョウしだネ!」


 -俺は、強くなれているのだろうか?-

 ふと、自分に問いかける。


「だぁ!!こんにゃろっ!!」

「ほア?コンニャク?」


 -また、昔みたいに....-

 ふと、気付く_


 _目の前に迫る拳に。


 ドゴぉ!!

「フグっ!!?」


「オう...これハ....」


 氷戈はノーガードで顔面パンチをくらい、少し吹っ飛んで尻餅をついた。そしてパンチを放った大柄な男は呆然と立ち尽くす。


 何とも気まずい空気の流れる中、建物のある方から別の男の声が聞こえてきた。


「フィズに氷戈ぁー、自分らそこまでにしときぃ?」


「うン?もうソんな時間カい、リグ?」


「もぉ昼なんてとうに過ぎとるで。ってあれ、氷戈のやつどないしてん?」


「おオ、そうだった!!申シ訳なカった、このトおり!」


 そうして『フィズ』と呼ばれた大柄で筋肉質な男は礼儀正しく頭を下げる。


「いやいや、やめてって。元はといえば俺がボーッとしてたのが悪いんだから」


「なんやぁ氷戈、稽古中によそ見しとったんか?」


 このエセだかマジだか分からない関西弁を話す『リグ』と呼ばれた男は「おー痛そ」と言わんばかりの様子でこちらへ歩いてきた。


「うっせ、普段のあんたよりはマシだろ」


「ひっどいわぁ。うたばかりの時はもっと可愛げがあったんやけどなぁ」


「・・・」


 氷戈はムスッとしながらも、この『リグレッド・ホーウィング』と出会った時のことを思い出していた。

 ________________________

「ここから先は立ち入り禁止だぞ?止まっとけ?」

「やっ!!息しとるか?」

「こンぐラッちゅレーしョン!!」

「『帯電鉄檻デ・プリズム』、ケージアップ!!」

「_『地繋ギスペクト』!!」

「昔を懐かしむには少々騒がしい....」

「『最強』だ」


「すまねぇな...姫さん...」



『_大好きだ』

 ________________________

「__い。おーい、氷戈〜?生きとるか〜?」


「・・・ん?ああ、ごめんごめん」


「なんや、ボーッとして。・・・さしずめ、ボクらが出会うた時のことでも考えとったんやろ」


「うッ...な、なんでそんな察しがいいのさ」


「まア、そレがリグ唯一の取リ柄だカラな!」


「じゃかしぃわ、お歌も上手やわ。と、まぁ...んな事どーでも良くってなぁ?」


 リグレッドは恐ろしく早いツッコミをかましつつも、話を本題へ移した。


「ついに決まったで。『対フラミュー=デリッツ防衛作戦』と『フレイラルダ=フラデリカ殺害計画』の詳細が」


「っ...、そう」


 『フレイラルダ=フラデリカ』

 それがこの世界での野崎 燈和の名前である。


 彼女は現在、フラミュー=デリッツという小国の焔騎士として目覚ましい活躍をしていると聞く。

 とはいえ、彼女にはもう一年近く会っていないのだが。


 氷戈が神妙な顔で考え込んでしまったのを横目に、フィズは明るい声で言う。


「オお!とうとうカ....と、いうコとは午後は講堂デの会議カな?」


「せや、出払ってる奴らが全員戻ってきたら開始の予定た。二日前から伝えとるから集まるとは思うんやけどなぁ」


「遅刻常習犯ガ既に現場に居ルのは大きイな!ハハっ!」


「せやから一言多いねん」


「はハッ!!ヒョウカくんも、これマでの修行の成果を存分に発揮でキルな!!」


「うん、全部...この時のためにやってきたんだ。絶対に取り戻してみせる」


 いつにもなく意気込む氷戈の様子を見て目を丸くする二人。それだけ氷戈が真剣であり、今回の作戦を重要と考えているということなのだろう。

 これを悟ったリグレッドは案ずるように言う。


「せやからはよメシ済ませときぃ。多分やけど、今回の話し合いは長なるで」


「うん、分かった」


 こうして男三人組は大きな建物の方へ歩いていくのだった。

 _________________________

 共立学園『茈結しけつ』の入り口にて_


「おおー」


 建物の中に入ると普段では見られないほどの人数が玄関前のエントランスに集まっていた。


 この人混みの中を通過し、食堂へ向かおうとした氷戈達一行に気づいたほぼ全員が声をかけてくる。否、『氷戈達』というよりは『リグレッド達』のほうが適切か。


「おう、リグにフィズ!!元気だったか?えっと、そっちの青い坊主は?とにかく宜しくな!!」

「ご無沙汰です、リグレッドさん!!半年ぶりですか!?」

「ちょっとリグレッド、後で面貸しなさい!!この前の任務では良くもだましたわね⁉︎」

「ホーウィングにフィッツバーグか、久しいな。変わり無いようで何よりだ」


 相も変わらずのコミュ力といったところか。


 フィズは持ち前の性格とノリの良さで人気があるのは分かるが、リグレッドはそれ以上に声をかけられ、その一つ一つに「おう、久しゅうな!」だの「ほな後でな!」と一言返答する形で対応している。

 さすがは変人集団『茈結』を取りまとめるリーダーなだけはあると、氷戈は改めて感心する。


 そうこうしているうちに一行は食堂への入り口に辿り着いた。

 ここでリグレッドが口を開く。


「ほな、ボクはここまで」


「うン?リグはモう済まセたノかい?」


「昼は食べへん主義でなぁ、最近は。やることあるし」


「んー、君ガ良いナら良いンダが....」


「お気遣いおおきに。ほなまた後で〜」


 そう言ってリグレッドは来た道を折り返し、玄関の方へと姿を消した。


 二人になった氷戈とフィズは


「そうイえば、『おおきに』ってドういウ意味だい?」

「ん?『ありがとう』ってことだね」

「ふむフむ....ヒョウカくん、教えてクれテおおきに!!」

「あーっと、ね。フィズは使わないほうがいいよ、ホントに」


 と他愛もない会話をしながら空いている席へと座った。


 他にも色々な話をしているとまもなく、茈結専属のシェフと共に食事がやってきた。更に罵声も一緒であったが。


「おいッ、テメェらおせえわ!!メシが冷めちまっただろうが!!」


 シェフともあろうものがヤンキーのように捲し立ててくる場面もそう見ないだろう。茈結ここ以外では。

 とはいえ、いつものことなので手慣れたようにフィズが対応する。


「いヤはや、クラウくンの料理は冷めテテも絶品だかラな!恐レ入る」


「んなっ....チッ!!次からは早く来やがれってんだバカ....」


 『クラウ』と呼ばれた青年のシェフはそう言い、食事をテーブルへ置くとそそくさとキッチンの方へと引っ込んでしまった。


「情緒どうなってんだ、あれ」


「なぁに、可愛いじゃナいカ」


 -男のツンデレって需要あるんかな?-

 とは思ったものの口にはしない。


 正午を大幅に過ぎていたからか、二人は黙々と食事にがっつくのであった。無論、クラウの作る食事が非常に美味というものあるのだが。


 そうしてがっつきパートが一段落し、互いに小話を挟むようになってからのことだった。


「モグモグ....いやはや、奴の料理は実に美味だ!王族専属のシェフとして雇いたいものだなガハハ!!」


「ッ!?ウップ.....ゲホゲホッ!」


 二人の座るテーブルには計四席あり、そのうちの二席にそれぞれ氷戈とフィズが斜めに向かい合って座っている訳なのだが、いつの間にか氷戈の真隣に見覚えのない男性が座っているではないか。

 驚いた氷戈は食事を喉に詰まらせ咽ぶと、その男は即座にハンカチを取り出して渡してくれた。


「突然悪かったな、使うが良い」


「ケホッケホッ...ああ、どうも....」


 フキフキ....


 ここでフィズが叫ぶ。


「フキフキ....じゃナくって!?何でこンなとコロにウィスタリアの国王ガ!?」


「ふんっ!会議があるという講堂の場所が分からず彷徨っていたところ、を見かけてな?以前から話してみたいと思っていたのだ」


 綺麗な紫色の髪をストレートに長く伸ばした大柄で強面の男、一言で表すならば『魔王』か。

 今まで遠目から数回見たことがある程度だったため、直ぐに隣の国の王様だとは気づけなかった。


 『ウィスタリア国』


 リュミストリネと同じ虹天七国こうてんのうちの一つに数えられ、茈結の財政的なサポートを担ってくれているらしい。逆に茈結うちは戦力を提供しているだとか。

 因みに共立学園『茈結』の共立というのは、リグレッドを中心とした有志の大人達が運営する『私立』という立場と、主にウィスタリアの融資で成り立っている『国立』という立場が合わさってそう名乗っているらしい。


 つまりこの人はウィスタリアの王様であると同時に、半分は茈結の校長とも捉えられるのだ。


 そんな大層な人間が話だなんていったいどんな要件なんだろう?と気にはなり、氷戈は邪魔にならぬようフキフキしながら聞き耳を立てていた。


 フキフキ....


「・・・」


 フキフキ....


「・・・」


 フキフキ....、チラッ

「ッ⁉︎」


 いつまで経っても話が進まないので隣にいる国王をチラ見すると、その国王は自分のことを笑顔でガン見しているではないか。


 流石に驚いた氷戈は恐る恐る聞く。


「えと...は、話は?」


「うん?拭き終わったか?」


「あ、はい」


「では話を聞こう」


「え、俺ですか?ど、どうぞ....」


 国王がわざわざ出向いて話というので、てっきり名の知れ渡った実力者であるフィズと話すと思っていたがどうにも違ったらしい。


「フレイラルダ=フラデリカ、否、真にはトウカと言ったか?」


「燈和!?燈和が何だって!?」


「おーイ!ほレ、落ち着イて」


 珍しく声を荒げ、体を前に乗り出した氷戈を必死に止めるフィズ。国王はそんな状況にもかかわらず「ほぉ?」と不敵な笑みを浮かべる。

 しかし直ぐに真剣な眼差しとなり、続けた。


、トウカは....」


「燈和は....?」


 ゴクリ....


「貴様の、婚約者であるか?」


「・・・はぁ?」


 緊張と時間を、切に返して欲しい願う氷戈だった。


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☆登場人物図鑑 No.14

・『クラウ・イーテン』 

 茈結所属/18歳/164cm/59kg/カーマ戴天食下たいてんしょっか


 背の低い茈結専属のシェフ。背が低いことをイジるとキレる、食事を冷ますとキレる、食堂でうるさくするとキレる、突然怪談を話すとキレる。キレ症。好きなことは料理と食材集め、ショッピング、裁縫。苦手なものは自分より背の高い奴と心霊系、食べ物を粗末にする奴。


 カーマ戴天食下たいてんしょっか』は『自身の作った料理に自然源素を練り込める』というもの。このカーマを用いた食事を取った者は一時的に基礎源素量が向上し、扱える源術アルマの規模や身体能力の向上が見込める。要はバフ系。

 因みに茈結に所属しているということもあり、そこそこ強い。

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